序章
「なぜ後世に語られる偉人は優れた人格者ばかりなのだ。偉人も現実に実在する一人の人間だ。それなのに偉人は空想から生まれた物語の主人公扱いをされ、都合の悪いものを隠蔽して人生を美化させるのがお約束だ。それでも貴様は自分自身のことを偉人だと胸を張って主張出来るのか」
鉄柵越しに語りかけてくる。
「俺は物語の脇役でも構わない。国民全員が誇りを持てるように、隠しごとは一切しない偉人になってやる」と反論する。
「お見ごと。たくさん人を殺したらさぞかし国の偉人扱いをするだろうな。ファイブアイズという言葉はこの世の人間なら誰でも知っている偉人の呼び名だ。だがアイツだって人を何人も切ってきた」
「それは戦争だから仕方ないだろ。俺だって国のためならいくらでも殺してやる」
「本当に国のことを思っているなら、このような美談はできないと思うがね」
「どういうことだ。きれいごとを述べたつもりはない」
「愛国心を抱いている人は、この状況を脱するために自ら命を絶つと思うのだが……」
「死んだら、今後国のために尽くす行為ができなくなるだろ」
「だったらなぜ、貴様は偉人になろうとしている。貴様の名誉は国からしてみたらどうでもいいことだ。国が望むのは、どんな手でもいいから利益になるような行為をしてくれることじゃないのか。貴様の愛国心は薄っぺらだ。まだ、我の方が国に愛国心を抱いている」
「ふざけるなっ、勝手に俺の国に愛を感じるな。話し終えてから再開される拷問などに屈しないぞ」
「なら、これから国のために犠牲を払う覚悟など難しくないはずだ」
「何を企んでいる」
「貴様にはあることをしてもらう。人生に少々汚点をつけてもらうだけだ。それを隠蔽したら貴様が望んでいた偉人になれるかもな」
「お前だけが得をするような話に決まっている」
「当然だ。なぜ貴様と取引しなければならない」
「いってみただけだ、期待していないさ。早く続きを話せ」
「今、貴様には二つの選択肢がある。第一案、このまま国と共に死んでもらう。第二案、これからお前には『ロマンシング・デイ』作戦に参加してもらう。その内容は……」
その声は、近場から聞こえてきた男性の悲鳴と被った。どこかで拷問が始まったのだろう。
全て話し終えてから「突然訪れる人生の分岐点では、最善の選択がわからないから全身恐怖に襲われるものだ。だが貴様も相当頭が切れるようだから選択を間違えることはないよな」と促してきた。
「あぁ、第二案を選ぶ」
「正しい選択をしたな。偉人、ギルバート。『ロマンシング・デイ』と名けたその日のことを忘れるな。貴様には同じくらい頭が切れる友人がいるようだな。そいつから目を離しておくなよ、厄介の種になるぞ」
有言実行は守るので脳裏に焼きつけておく。しかし、契約を全うするなかでどうしても譲れない条件があった。
「一つだけでいいのでお願いがあります。どうか聞いてください。お願いいたします……」