一章 帰郷

今日をもってついに徴兵の任期を終える。休戦協定が結ばれたことで、任期が残りわずかである人達は同日に任期満了となったのだ。戦争で失われたものは数え切れない。俺の背中にはずっと何か大きな喪失感が圧しかかっている。

入隊当初、俺は入隊してから生活リズムが変わったと思うだけで、苦労や苦痛はなかった。死に対する恐怖は初めから全くなかった。それもそのはず、戦争は過去のものであって現代にはもう起きることはないと平和ボケしていたからだ。なので戦争が起こる前、任期中に訓練させられて体が鍛えられたのは社会復帰を果たすための準備と思っていた。

ところが任期一年も経たずに開戦して戦場に送られるとは思いもしなかった。未来を考えてきた計画が、国の計画によって潰されたのだ。そもそも軍に召集された時から人生は狂い始めている。

この国の全てが嫌いだが、それはあらゆることを経たあとだ。始まりは軍に召集された時なんかではない。兵士になる前からだ。

それは、徴兵されて軍服を身にまとい家を出ていく前。大学へ進学したばかりで、ある国へ一人旅をしていた時だ。初めて海外の光景を見た時はとても感動をした。機関車から降りてすぐにお店が約五百メートル以上きれいに並び、見たことのない造られ方をした二階建て赤レンガの駅は別世界に思えるほどだった。

ちょうど辺りに呆気にとられていると軽いものにぶつかった。そこには一人で歩いていた女の子がいたのだ。ぶつかった衝撃で鼻から血が垂れていた。女の子は一切泣くことなく、こっちを睨むように自分の袖で血を拭いた。その女の子が言うには、駅で親とはぐれたみたいだ。

俺は両親がいなくなる気持ちは痛いほど理解出来る。そんな思いはさせたくないため一緒に両親を探してあげた。手を繋ぎ徐々にうち解けてきたのか、女の子は子供にしか出せない純粋な笑顔を見せてくれた。

視線を感じ、ふと駅の二階を見てみたら警備員か軍人にも見える人がこちらを睨んでいるように見える。その睨んだ顔は女の子の純粋な笑顔よりもハッキリ記憶に残っている。俺は逃げるように早歩きになり、大人よりも歩幅が短い女の子は、少し小走りする速さでその場をあとにした。