八郎が商業中学(今の浜松商業高校)に通っていた頃のことである。

「木下、すぐに家に帰りなさい」

まだ登校して一時間も経ってないのに何があったのかと急いで家に帰った。数か月前から臥せっていた寛一郎の布団のところに、白い服を着た医者と看護婦の姿が目に入った。周吉、たま、義姉のみきとその子供たち、他の兄たちも布団を囲むようにして座っていた。

「あゝ寛一郎兄さんの具合が悪いんだ」

八郎はできるだけすっと歩き、大きな声を出さないように気をつけて、布団の裾側に座った。みんな神妙な顔をして集まっているのだから、兄はもう助からないかもしれないと思った。そう思うと急に悲しくなって、思わずすすり泣きをした。そのとき、寛一郎にその声が聞こえたのか、瞑っていた目を開けて言った。

「八郎、男のくせに泣くな!」

一瞬びくっとし、八郎は息を止めた。怖い兄であったが、長生きだったら木下家の屋台骨になったであろう。その後も寝たきりの生活で、寛一郎は三十五歳の若さで亡くなっている。結核であった。