「伊藤先生、この袖を見てください。昨日ロッカーでこんなになっていたんです。部活の後で着替えようとして気付きました。誰がやったのか分かりませんが、どうしてこんなひどいことをするんでしょうか。私が何か悪いことをしたのでしょうか」
エリはそう言って、涙ぐんだ。伊藤先生を見つめているうちに、エリの眼から涙があふれてきて、頬を伝った。
「神山さん、落ち着いて。誰ですか。よくこんなひどいことが出来ますね。神山さん、泣かないでください。後で先生も調べてみますから」
伊藤先生は、自分のクラスではっきりとしたいじめがあったことに動転し、いささかおろおろしながら声を高ぶらせた。エリは、心の内では舌を出して、泣いて見せたエリの姿を見て誰がほくそ笑んでいるかを涙の浮かんだ細目で盗み見した。
あの悪ガキ三人組は満足そうにニンマリしているから、間違いなく三人は関係していると思った。だが、男子が女子ロッカーに入るのは難しいはずである。女子の中で誰かが手を貸したということなのか。下を向いている女子は何人かいたが、その内の誰なのかの見当は全くつかなかった。
エリは、いじめの結果をクラス全員に見せたので、このままにしておく必要はあるまいと思い、その日帰宅すると、左の袖も同じ位置をはさみで切り、二センチほど内に織り込んで両方の袖詰めを行った。短いエリの腕にとっては、丁度良い長さになり、袖口をぶらぶらさせなくても良くなったし、袖口が汚れなくなったから、結果的には悪いことではなかった。
それよりも、エリは、みんなの前で上手に泣いて見せた自分の演技にすっかり満足しており、思い出すと自然に笑いがこぼれるのであった。
その週の日曜日、バレーボールの千葉市新人戦が始まったが、エリはベンチにも入れず、観客席の隅で声援する役目であった。山村可憐ちゃんは一年生だが長身を買われ、将来の期待もあってベンチに入っていたが、その日の試合には出番がなかった。浜村中女子バレーボールチームは一回戦を突破したが、二回戦で敗れ、翌週の三回戦には進めなかった。