【前回の記事を読む】日本における大多数のサラリーマンが「ごく普通に」もつ価値観

第一章発端

「こういう話があります。ずいぶん前に見たアメリカ映画です。エイズに侵され余命いくばくもないかつての親友に、絶縁状態だった主人公が呼ばれて病院に彼に会いに行く。そこで人工呼吸器をつけた友人が息も絶え絶えになりながら主人公にこう語る。人生はオレンジだ、と」

「人生がオレンジ?」

「そうです、これはエイズの友人が語った寓話なのですが。ある男が幼い時分に、賢者だと尊敬してやまない父親にこう諭されます。いいか、よく覚えておくのだよ、人生はオレンジだ、と。少年は人生がオレンジとはどういう意味か考え続けました。が、答えは見つからなかった。

そして六十年後、少年の父親は死の床にありました。少年だった男も今や初老と言っていい年です。男は瀕死の父親に尋ねました。お父さん、お父さんが昔僕に教えてくれた、人生はオレンジ、とはいったいどういう意味なのですか?と。すると父親は一瞬目を見開いてこう言った。何のことか、さっぱりわからん、と」

何か大きなヒントが聞けるのかと思っていた私は、その話に出てくる父親の答えに肩透かしを食らったような気持ちになりました。それを察したのか刑部さんは少し笑って、

「佐伯さん、今がっかりしたでしょう。私も何かの教訓があるのかと思っていました。その映画の主人公も同じ気持ちだったと想像します。しかし、エイズの友人はあっけにとられている主人公にこう言うのです。人生の意味なんて考えていても仕方がない。人生はあっという間に終わる。思いのままに生きろ、と。その数日後、映画の中のエイズの友人は亡くなりました」

刑部さんと突っ込んだ話をしたのは後にも先にもこの時一度だけです。が、その時の所長の話に私が何らかの影響を受けたかというと、そんなことは全くありませんでした。刑部さんがいみじくも言ったとおり、価値観は人それぞれです。

あの時所長が語ったのはあくまでも所長の生き方であり、私のではない。人生が短いなら、その間にどこまで高みに上り切れるか。それが私の「思いのままに生きること」だったからです。

質の良いバーボンに酔ってでもいるかのように、小さな劇場で一人芝居を演じるように、半ばトランス状態で人生を語った刑部さんの姿と言葉が、いずれ私への遺言にも似た意味をもつようになるとは、この時は思いもしなかったのですが。