二人の横で、森は困惑したまま箸を止めていた。京都人どうしの会話について行けない様子だったが、そのとき不意に、大御門がことさら慇懃(いんぎん)な態度で森に話しかけた。

「そういえば、鷗外先生──」

京都人がイケズを仕掛けるときの顔だった。万条はにやにやしながら、森と大御門を見比べた。

「大先生が帰国した直後だが、ドイツ人の乙女が船に乗って、はるばる日本までやって来たそうじゃないか」

「え……」

突然振られ、森は言葉に詰まった。しかし帝国大学の界隈では、すでに誰もが知る事実だった。ドイツからの帰国の決まった森は、今から三カ月ほど前にベルリンを発った。九月八日に横浜の地を踏むと、その四日後の便だった。森を追いかけてきたという若い女が、後続の船に乗っていたのだ。

女は築地の高級ホテル精養軒に宿泊し、森を待ち続けた。だがもちろん、周囲の大人たちは、女の思い通りにさせるわけにはいかなかった。名家の嫡男が外国人を妻に迎えるのは、今でもまだ高い壁があったからだ。すったもんだの挙げ句、女は彼らに丸め込まれてしまう。

森に見送られ、女は傷心のうちにドイツへと去ったが、それはつい数日前の出来事だったのだ。

「まあ、いつか小説のネタにでもしたらどうだ。文豪『森鷗外』先生の、代表作として──」

大御門が冷やかしながら言った。その横で、万条は笑いをかみ殺した。

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