四 いじめのエスカレート
新人戦を次の日曜日に迎える水曜日、エリはバレーボール部の練習を終えて女子ロッカーに戻り、制服に着替えて帰宅の用意を始めていた。
エリが制服を着て袖を通すと、右の袖が十センチばかり切り取られているではないか。切れないはさみで切ったらしく、切り口はほつれて糸くずが飛び出している。引き千切ったような乱暴な切り口である。
エリは思わず、「あれー」と叫んでしまった。
「どうしたの。何があったの」
練習相手の堤真凛ちゃんが心配そうな顔でエリのところへやって来た。
エリは短く切り取られた右袖を真凛ちゃんの方に突き出して、よく見えるようにかざし、
「ほら、こんなにされてしまったの。何時ロッカールームに入ったのかしら。男子は入れないと思うけど。それとも誰か女子の仕業なのかな。このまま着て帰るしかないね」
と屈託なく笑って見せたが、いじめが実害をもたらすまでになったことに内心で憤りを感じていた。
「ひどいことする人がいるのね。先生に言った方がいいわよ。黙っているとますます図に乗ってくるよ。沢井監督に見せたらどう? それとも今日は遅いから明日にする?」
真凛ちゃんは黙って見てはいられない。
「そうね、袖口はみっともないけど、着られないことはないわ。今日はこのまま帰って明日どうするか考えてみるわ」
エリはそう言って帰り支度を終えた。エリが家に帰ったところに母の春子もパートを終わって買い物袋を提げて帰ってきた。
「エリちゃん、遅かったのね。私もスーパーに寄っていたから遅くなってしまったわ。すぐにご飯の支度をするから、ちょっと手伝ってくれない」
春子はエリの制服の袖に気付かなかった。
母を手伝って夕飯の支度をし、妹のすみれと三人でテーブルについたその時、兄の翔も帰ってきた。
「間に合ったみたいだね。総武線が架線事故で大幅に遅れたんで、こんな時間になってしまった。腹減った」
翔の「腹減った」は口癖になっている。
「お父さんは今日遅くなると電話があったから、先に頂きましょ。翔、手を洗ってきなさい。弁当箱も出しといて」
春子は子供達を急がせてテーブルに向かわせた。