Chapter・2 溶けきれない氷
僕は、本に夢中になっていた。すると、
「おや? お客様かな?」
と、扉が開く音と共に、声が聞こえてきた。
緊張して本を読む手に力が入る。声のした方へ恐る恐る顔を向けると、すらっとした長身の男が立っていた。年は四十〜五十代だろうか。ダークブラウンのスーツに、ダークブラウンのソフトハット。男の僕も見惚れるような男だ。声も良い。羨ましい。何をどうしたらこんなふうになれるのだろう。
そんなことを考えながら見惚れている僕に、彼は更に話しかけてきた。
「おや、君は……。どうやってここまで来たのかね?」
「えっと……、猫について来たんです」
返事をしながら、本をまだ持っていることに気づく。
「あっ! すみませんっ! 勝手に入って……。しかも、勝手に読んじゃって! タイトルに惹かれてしまって……」
慌てて本を本棚に片づけた。
「構わない。でも、そうか……。チャーリーが見つけたのか……。それにしても、真っ先にその本に目をつけるとは……。ならば、きっと“本を読む”ということが、君の“役目”なのだろう」
そう言って、彼は微笑んだ。
「僕の役目……?」
「そう、君の役目だ。君をここに連れて来ることが、白猫の役目。そして、ここに来て本を読むことが君の役目だ」
そう言うと、彼はにっこりと笑みを浮かべた。
「僕の役目……」
「そうだ、君の役目だ。ところで君、コーヒーは好きかね? 良かったら一緒にどうだね?」
僕の疑問を知ってか知らずか、彼はコーヒーを勧める。
「コーヒーより、ここはどこなんです? 僕がいたところは夕暮れだったのに、なぜここはこんなに明るいのですか? 僕はなぜここに来ることになったんですか? “僕の役目”ってどういうことなんですか?」
矢継ぎ早に質問する。そう、僕は混乱しているのだ。いろいろ意味がわからない。
「大丈夫。少なくともここは危険な場所ではない。一体ここがどこなのかも含めて、コーヒーをいただきながら話そう」
そう言って、彼は僕をソファへ導くのだった。