【前回の記事を読む】かなり早い時期に問題が出てしまう子の「意外な特徴」

第一条「知育にかたよらない」

自我に“ひずみ”が生じた

私立小の受験は、極端に難しいことや変わったことをしているわけではない。しかし、募集人数よりも多く入学希望者がいるなら、何らかの形でふるいにかけなければならないのが学校側の立場である。試験に通らせたいと思っている資金力のある親に“受験産業“が目をつけて小学校受験のための「予備校」が現れるのだ。

私立小受験が、すべからく悪いと言っているのではないし私立小に行っている子が「遊んでいない子」だと、きめつけているわけでもない。問題は、“お受験”のために、自由にすごす時間がけずられることにあるのだ。

幼児期には、ハタ目には「のんびり」しているような状態の中で、好きに遊ばせてあげないと、子供の意志・意欲に欠陥が生じるのである。「自分核」(自分という中心・自我ともいう)が脆弱になるために、意志・意欲が発露されないのである。

この男の子は「自分核」をつくるための道筋に「ひずみ」が生じてしまったのだ。“お受験”に通用しただけの就学時のレベルがあったにもかかわらず小学校低学年で低学力を生じてしまったのは、この「ひずみ」が大きいのである。

「学業不振の原因は自由遊びが少ないからです」という私の話は、そのお父さんには少しも分からなかった。

たしかに、彼は、わが子の育て方の道筋で「間違っているところが在る」とは、簡単には納得しかねたのであろう。“お受験教育センター”に通わせたからといって知能に問題が出るわけはなく、むしろ知能が高まっている筈だと彼が考えるのは、ごく当たり前のことである。

「“知能を高めるため”に、“知育センター”に通わせたのだ。しかも、小学校受験は成功したのだ。いったい、自分たちのやった事のどこに問題が?」と、この人は、私の言う事に納得することはなかった。そして、学力不振は学習指導法などの技術と手法によって克服できると考えているのだ。いわば、強固な合理主義者なのである。

私の話を理解することも受け容れることもできなかったその父親は、

「あなたは私の望む事に、何も応えていない!」

と、怒り出して帰ってしまい、その子はお母さんに手を引かれて私の方を時折ふりかえりながら、すごすごと歩いて行ったのである。

小・中・高の一貫校でも、中学や高校に入る時に多少のふるい分けはあるだろう。低学力から中学進学や高校進学がはたせず、やがては引きこもりになるのは必至と思われる子だったので残念に思い、その子の将来を思うと心の底で涙せずにはいられなかった。