一陣の風

薄墨色の風の時代

「ワムの日本ツアーのチケットが手に入ったんだ。一緒に行くだろ?」

柊はまるで当然のように電話口で言った。私はワムというミュージシャンの名前すら知らなかった。洋楽などほとんど聴いたことがなかった。ただ柊の興奮した口調から、チケットを取るのは、かなり奇跡的なことなんだろうなと推察した。私がそのミュージシャンの名前を知らないと言うと、驚いたように、

「えっ。知らない?」

そう言って、柊は絶句した。

「そんなに貴重なチケットなら、その価値のわかる人と行ったほうがいいんじゃない?」

すると、柊はちょっと怒ったように言った。

「ばか。俺が誰のために苦労して……」

「えっ?」

「いや。いい。ほんとに行かないんだな? ワムだぞ」

「いいよお。だってさ、私にとっては名前も知らない人だもん」

「わかった」

電話の向こうで柊の落胆ぶりが伝わってくる。純一と真美の付き合う宣言以来、柊は何かと理由をつけて、私を誘ってくれる。私が純一への想いを打ち明けたことはないが、伝わっていたんだなあ。私は感情を隠すこともへたくそだ。他の三人に比べて、何もできない。自己肯定感がどんどん低くなるのを感じていた。純一と真美と会う回数も減っていた。

四人でいられないなら、私の大学生活には何も残らない。今さらながら、四人でいた時間の重さを噛みしめる。

「別に彼女じゃなくてもよかったのに。ただ近くにいて、もしかしたらと希望の抱ける存在でいたかった」

そんな風に呟いてみる。すでに春風が吹き始めていた。私にとって、春はいろいろなものを一度に連れてくる特別な季節だ。そんな時期だった。エイジが声をかけてきたのは。