若い時は私にも夢があり、都心の大病院で先端医療を学びたいとか、海外留学して専門性を高めたいとか思ったこともありました。私が医師免許を取った少し前の昭和四十三年は従来の無給のインターン制度が廃止され、研修医制度に変わった年でした。それまでの非人間的なインターン制度はひどいものでしたから、それだけでも若い医者の待遇は格段に改善されました。
でもこの国の医学界は女子に対する差別があって、研修が済むと外科や内科のいいポジションは全部男の医者が占めてしまい、私たちに回ってくるのはせいぜい医者の不足している小規模医院の欠員埋めか、麻酔医くらいです。
よく『頑張れば結果は後から付いてくる』と言う人がいますがそれは恵まれた男子にしか当てはまらない言葉です。中には『女は引っ込んでいろ』という態度を露骨に出す医者もいました。私たちは頑張って歯を食いしばって走らなければ何も手に入りません。
残念なことに私が医師免許を取って半世紀経つ今でも女子に対する差別はなくなっていません。女子と浪人生を入れまいとしていた大学の医学部が訴えられましたがあれは氷山の一角です。
しかも結婚して子供でも出来ようものなら仕事から外されてしまい、復職しようとしてもどこかの自治体が営む健康センターのコンサルタント業務とか、開業している個人の医院にコネがあると辛うじて仕事が見つかるかどうかといったところです。
実際日本では今でも大学病院、研究機関のメジャーな専門分野で院長、所長、部長クラスでさえ女性はほとんど見かけません。欧米では女性の大学医学部教授はざらにいます。
私は男女を絶対的に平等に扱えと言っているのではありません。男と女に体力的に差があるのは事実です。ですが目覚ましい技術の発達や様々な医療機器の進歩、遺伝子やバイオ研究による薬の発明等によってその差は縮小されつつあります。
私は性差よりも個人の能力差の方が遥かに重要で大きいと思うのですが。医療の現場では昔のインターン時代と変わらない研修医に対する労働の搾取も横行していると言います。先端技術を標榜し、科学の力を奉じていながらこれ程時代錯誤の差別がまかり通っている世界はないでしょう。