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私はかたくなに窓の外を見続けた。雨脚は春の雨にしては確かに強く、私の目の前の楕円形の窓からは雨の滴以外はほとんど何も見えなかった。景色を眺めているわけではなかった。丸一日以上になる一人で過ごす飛行機の時間で、ブエノスアイレスでの半年間の過ごし方を思案するつもりでいた。と言ってもあても何にもない。

フリオは

「わたしは日本に来てからアルゼンチンのことは忘れた」

の一点張りで何も教えてくれなかった。先行きの覚束なさを雨が洗い流してくれると思いたかったけれど、ますます激しさを増す雨の音が耳に覆いかぶさる。桜の花の下で私をじっと見たフリオの目が窓の向こうにあった。隣は相手にされないとわかると、あっさりと静かになった。

私は、離陸したあともずっと窓の外を眺め続けた。飛行機はしばらく雨雲の中で揺さぶられたあと、雲の上に出た。地上から見上げるのとは全く違う、眼下の雲の色や形のうつろいを龍やイルカや鷹に見立ててみたりしたけれど、気持ちは簡単に晴れなかった。

バッグからガイドブックを取り出し、ぱらぱらとページをめくってみたけれど、なんとなく、隣が気になってじっくり読む気になれず、すぐにまたバッグにしまう。隣の気配をあえて気にかけないように、ゆっくりと顔を正面に向け、前の座席背面にあるモニター画面にタッチする。ヘッドホンを付けて、日本語字幕のある映画を選んだ。

食事が配られるときに、チキンを頼んだら、チキンはオススメしないと、隣でぼそっとつぶやく声がした。私が思わず、顔を向けると、ぱさついて美味しくないからやめといたほうがいいと、今度ははっきりこちらに顔を向けて、でも小声で教えてくれた。チキンのトレーを差し出されているにもかかわらず、私はそれを断り、もう一つのほうに換えてくださいと言ってしまった。日本人ではないアテンダントが、微笑みながらも顔をひきつらせ、トレーを別のに取り替えた。

赤ワインを口にしていたお隣さんは、ワインのコップを口に当てたまま、身体を後ろにそらせて、私のほうを見てにんまりとした。それだけで、彼女もまた自分の食事に戻った。何事もなかったかのように。そのあと、彼女と言葉を交わすことはなく、食事をしながらも、私はヘッドホンを付けたまま映画を見続けた。

二本目の映画は、いつ寝てもいいように、以前見たことがあるのを選び、予想通り途中で寝てしまった。結局そのあとアトランタまで、彼女が私に話しかけてくることは一切なく、私のほうからはもちろん話しかけようともしなかった。