第一章 アオキ村の少女・サヤ

「この地に移り住み二十年間。平和でした」

エリサはサヤの言葉に含みがあることに気づいた。そこに「これまでは」と言葉が継ぎ足されると、サヤの瞳に薄暗いものが落ちた。

「ひと月前、村の近くで一体の機械兵(アトルギア)が残骸として見つかりました」

「残骸で?」

「雷に打たれて真っ黒焦げになって倒れとった」ある村人が答えた。周囲もそれを肯定する。しかしとサヤが言った途端堂内は静まった。

機械兵(アトルギア)はすぐそばまで進出しているのです。この土地も、そう長くはありません」

「また新たな居住地を探すんですか? 二十年前みたいに」

「はい」

淡々と応える姿にはほのかな微笑を浮かべてあるがどうにも奥底に暗いものを感じる。傍聴する村人は青ざめて機械の恐怖を思い出しているようだ。嗚咽を漏らす者もいる。だがサヤの目はそれとは違う後ろ暗さを思わせた。

「大丈夫だ、ワシたちにゃサヤ様だけでなく、サラ様もおる」

ある年嵩(としかさ)の男が膝を立てた。それに呼応し他の村人も顔を上げる。

「そうじゃ、サラ様だ。サラ様もおれば恐れることはない」

新たに出た名前、サラ。サヤ様、サラ様。菌糸の塊が一滴の水で膨張するように二人の名を囁く声がみるみる広がった。崇拝の声が集まる中央でサヤは広間をゆるりと見渡した。

「安心してください、朋然ノ巫女である私とサラ姉様が必ず〈叡智〉を持って皆さんを救います」

「ありがたいお言葉じゃ」年嵩の男は涙ぐんでサヤに両手を合わせた。他の村人も同様にひれ伏した。

「あのぅ、ホーゼンノミコ? って初めて聞くんですが、なんなのですかね?」

あっけらかんと響いた声に堂内の村人達が音を立てて振り返る。しかしゲイツの飄々(ひょうひょう)たる態度は揺らがない。

「いやあのですね、皆さんが拝んでらっしゃる、サヤちゃんは」

「サヤ様と呼べ、無礼者!」

「はいぃ、失礼しましたぁ!」

サヤの傍の少年が怒声を発した。ゲイツは派手に(のけ)()り土下座する。動きがうるさい。内心で諫言(かんげん)を飛ばしていると、くすくすと声が聞こえた。上座のサヤが笑っている。