「ここにいたか」
「……?」
リラックスルームの入り口に、課長の森村が、何か言いたそうな顔をして立っている。
「何か?」
「何かじゃないだろ。明日店舗に持っていく提案、確認してくれっていったのはおまえだろ」
「あ、すみません」
「今いいか? 内容に問題はないんだが、念のため確認したいことがある」
「分かりました。すぐ行きます」
「ああ、頼む」
椅子から立ち上がり、もう一度スマホを見る。
22時10分。
2日前の、最後の既読と同じ時間。忙しくて返信ができないことは、誰にでもあることだが、葵は約束をすっぽかす人間ではないし、遅れるときも、必ず連絡をしてくる。それが、なんの連絡もないまま2日が過ぎているというのは、愛瞳ではなくてもおかしいと思うだろう。
「……」
ここでじっとしていても、何も変わらないことは分かっている。いや、それどころか、葵に何かあったかもしれないからこそ、動かなければならない。自分にしか気づけないことが、きっとあるはず……
愛瞳はそう思い直すと、リラックスルームを出た。
※本記事は、2022年9月刊行の書籍『カシマレイコの噂』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
<主な登場人物>
○熊岡 愛瞳:本作の主人公。親友の転職祝いをしようとしていた矢先、親友が行方不明になり、自身も事件に巻き込まれていく。○伏見 靖:山城警察署、捜査一課の警部補。高校2年のときのある出来事がキッカケで、霊や妖怪といった存在を信じるようになる。行方不明事件捜査の指揮を取る。○谷山修一:伏見の部下。霊的なものは信じていないが、伏見のことは信用している。○人面犬:都市伝説で有名な妖怪。情報提供者として、伏見と繋がりがある。
○波多野 仁:人面犬と伏見の連絡を仲介する人物であり、妖怪たちが密かに集まる和風系創作居酒屋、闇酒屋のマスター。○三輪 葵:愛瞳の親友。2年ほどブラック企業に勤めており、心身ともに疲弊していたが、愛瞳の助けもあり、転職に成功。愛瞳と二人で、そのお祝いをしようとしていた矢先、行方不明になる。○上村 武敏:愛瞳と同じように、友人が行方不明になった男。SNSで愛瞳と知り合い、一緒に友人を探す。○カシマレイコ:今回の行方不明事件に関わっていると思われる、都市伝説で有名な女性。