結核再燃
誰もが彼女の変化に驚き、「良くなったこと」を喜んだが、この日の検査で2カ月間消えていた結核菌が痰に現れ、炎症反応は退院時の5倍にまで上昇していた。結核が再燃したことは間違いなかった。私は母親に電話をかけ、伝えたいことがあるから早めに来院するように伝え、併せて結核病棟の診察室にくることを指示した。
そして1週間後、前回とは打って変わって暗い表情の彼女が、再び私の目の前に座っていた。
「残念だけど、また結核菌が塗沫で出ているし、炎症反応も上昇しているよ」
「やっぱり、先生から電話があったということで、そうではないかと思っていました」
彼女は表情を変えずに答え、母親は診察室の入口にじっと立っていた。
彼女が事実を一応飲み込んだ頃を見計らって私は口を開いた。
「気が進まないのはよくわかっているけれど、もう一度入院してしっかり治療をした方がいいと思うよ」
私の言葉が終わるか終らないかのうちに、彼女は以前喀血の治療を断った時と同じように私を睨みつけ、語気強く言った。
「嫌です、今度無理やり入院させられたら犬を道連れに死んでしまうから。彼とは別れたし、もうどうなってもいいから、入院は絶対に嫌」
彼女は下を向いて嗚咽した。しばらく説得を試みたが彼女の意思は固く、母親も交えた話し合いを続けた結果、とても入院は無理と判断し、私は妥協案を出した。
「どうしても入院は嫌、だよね」
「はい」
少し落ち着きを取り戻した彼女は短く答えた。
「じゃあね、こういう案はどう」
私はもう一度痰を調べ、陽性なら自宅から極力出ない条件のもとに彼女の家に近い結核病棟を持つ病院で通院治療を行うという提案をした。
彼女の結核が判明した時、その病院は満床だったためこちらへ紹介されてきたという経緯もあった。そこなら彼女の家からバイクで通院可能だった。本来は入院治療が必要だが、今ここで押し問答をしても解決はつかず、とりあえず何とか治療をつなぐ必要があった。
彼と別れたということは、この病院に来る足がなくなったことを意味し、公の交通機関を利用するのは問題だった。
「これでどう? あとのことはまた考えるとして」
「仕方ないです」
彼女は渋々ながらも頷き、肩を落として診察室を出て行った。
その後ろ姿がこの世で私が見た彼女の最後の姿だったが、今思い出そうとしてもぼやけている。すでに彼女の魂は肉体を離れつつあったのかもしれない。
見送る時に感じた表現のしようがない閉塞感、絶望感は今も心に残っている。