翌日の夜、高倉豊は岡島竜彦の自宅を訪ねた。中学二年の夏休みに引っ越し、一年間だけ住んだかつての家は、相続という形で所有者を岡島竜彦に替えて存在していた。このことについては、昨日のうちに(江藤詩織と会う前に)高倉豊直々に法務省に電話で問い合わせ、登記の手続きが行われているとの確認が取れている。

高倉豊は直ぐに呼び鈴を押していた。ためらいがなかったと言えば嘘になるが、昨夜江藤詩織と話したときに覚悟は決めていた。間もなく引き戸が開いた。高倉豊にとっては緊張の瞬間であり、これから始まる岡島竜彦とのやり取りを考えると、恐怖も感じていた。

「兵庫県警の高倉です。中原純子さんが殺されそうになった事件を調べています」

高倉豊はスーツの上着から警察手帳を取り出して示した。

「随分他人行儀やな。出世したもんやな。高倉豊君」

岡島竜彦は、久し振りに会ったというのに、直ぐに中学時代の親友だと分かったようだ。尤も男の場合、極端に頭髪が抜け落ちたり肥ったりしていなければ、顔はそんなに変わることはないから、それも納得出来る。違っているのは、身長が互いに10センチほど伸びていたくらいのものだ。その点に於いては高倉豊も直ぐに、目の前に居る男を岡島竜彦本人だと認識することが出来ていた。

ただし岡島竜彦は、その内面を大きく変貌させていた。その証拠に彼は、中学時代の親友が目の前に現れたというのに、全く驚いた素振りを見せなかった。つまり平然たる態度だったのだ。否、そのからかうような口調は、挑戦的な態度だったと言った方がいいかも知れない。これは高倉豊にとっては、全く予想外の出来事だった。感じ易いという印象が強かった、かつての岡島竜彦ではなくなっていたのだ。江藤詩織が岡島竜彦と会ったときのその話から、彼の性質はてっきり昔のままだと、高倉豊は思い込んでいた。従ってそのせいで高倉豊は、すっかり面食らってしまっていた。

本当は彼は、涼しい顔をして久し振りと言い、単刀直入に、中原純子さんに恨みがあるんだろうと言うつもりだった。当然岡島竜彦は何のことだと答える。事件に関与していないのであれば、普通はそう言う。高倉豊だって、本当はそんなことを思っている訳ではない。あくまで話の取っ掛かりとして、中原純子の事件を利用させてもらっているだけだ。

なおも高倉豊は尋問を続けることで、精神的に優位な状況を作り出し、そのどさくさ紛れに中学時代の過ちを告白する。教育委員会への密告が、高倉豊の手によって行われたことを知ったとき、岡島竜彦が怒り狂うのか、あるいは静かにその事実を受け入れるのか、どちらになるのかは予測が付かない。だがとにかく高倉豊は、二十年前の過ちを彼に告白することで、自分を責め続けた日々から逃れたいと考えていた。

ところが、高倉豊の動揺を見て取ったのだろう。俺が二十年前のことを、今でも恨んでいるとでも思っているのかという岡島竜彦の言葉で、その脚本は脆くも崩れ去った。正に機先を制するとは、このことを言うのであろう。高倉豊は言葉を失い、逆に精神的に優位に立った岡島竜彦は外に出て来て、引き戸を閉めた後言葉を続けた。

【前回の記事を読む】「私、密告したの」同じ罪を抱えた人間は、美しい女性だった