絶対面倒を見ると約束し、妹と一緒に散歩に連れて行ったが、それも最初のうちだけですぐに飽きて、トムは繋がれたままになった。約束は守りなさい。トムも私達も同じ命ですと滅多に叱らない父が、あの時だけは厳しい顔をした。それでもたいして面倒を見なかった気がする。

とにかく、散歩の好きな犬で、散歩と言うと狂ったように喜び、散歩の間中、息を切らして歩き回る。久も何度か引きずられて転んだりして、子供が散歩に連れて行くには少し荷が重いと親も思ったのだろう。仕方なく、母が連れて行ったり、仕事のあいまに父も散歩に連れて行ったりした。

夜、月を見ながらよく吠えた。

三、四年ほど生きて、ある日、トムは鎖に繋がれたまま、松の木の下で死んでいた。

「寄生虫が心臓に入ると死ぬことがあるそうです。苦しくはなかったでしょう」と、父は死んだトムの頭を撫でながら言った。

久も撫でようとして出した手が、トムの目に触れた。粘着質の薄い膜のような柔らかいものが指に張りついて離れた。トムは目を開けたまま、死んでいた。空と雲が映っているその目を見ながら、トムは飼い犬になるより、のたれ死にしても自由に走り回れる野良犬になりたかったのかもしれないと思った。今描いている主人公は逃げるように散歩し、遠い目をして死んだトムに、少し似ている。

この主人公が網走刑務所から脱獄した時、実際に通ったという獣道を歩いてみたのだが、さすが獣道と言われるだけあって、藪が伸び、大小の石があちこちに転がったひどく歩きにくい道だった。もう少し先まで行きたかったが、案内人の疲れた顔を見て、それ以上奥へ行けと言えなかった。あの道がどこに続いていたのか、通り抜けた場所はどんなだったのか。無理してでも連れて行って貰えば良かったと思う。

短気なくせに変に押しの弱いところがあって、いつもこんなふうに後悔する。

【前回の記事を読む】「気持ちの良いものばかり際限なく求め、そして際限なく飽きる」身勝手な身体