ぼくは噴水の前に一人になった。汚れた衣服を全部脱いで、噴水の池に入った。そして泉水の中央、竜の口の前へと近づいた。途端に、竜はまるで石造ではなくて生き物であるがごとく首をもたげ、顔を一振りしてやや後ろに引っ込めるや、口から勢い猛に、水を、ぼくの顔に、体に、浴びせかけて来た。それは不意だったからよける暇もなく、全身をしたたかに打ち据え、激しく叩いた。しゅうしゅうと噴き出す水の勢いはやがて、最後の一撃とでも言うごとく横殴りに吹き付けて来て、ぼくを水の中へと横倒しに転がしてしまった。
泉の白い竜は水を吐くのを止めるどころか、ぼくを試すがごとく、鎌首をもたげ、後ろに引き下がり、一メーターも二メーターも高く背伸びをしては水を吹きかけて来る。その目は爛爛と輝き、睨み、射抜くがごとく、ぐっと近づいては、ぼくの惰気、ぼくの邪気、ぼくの弱気を挫き、取り抑えるがごとく迫った。
ぼくは倒れては立ち上がり、倒れてはまた立ち上がった。耳に、鼻に、口に、目に、水を浴び、水に貫かれ、ずぶ濡れになり、水浸しになり、濡れ鼠になり、なおも立ち上がって竜の面前に立ち向かい、吹き付ける水を浴びた。ついには、目は見えず、耳は聞こえず、呆然とし、朦朧となって、下の水の中へと、仰向けに倒れてしまった。
やがて、少女が突然のようにして姿を現した。ぼくに近づき、ぼくを助け起こして、池の端へと導いた。いつの間にか、噴水の水の音も、竜の口から噴き出す水の音も聞こえなくなっていた。辺りは急に静かになった。
「さあ、どうか、立ち上がってください。ゾアの清めは終わりました。あなたは生まれ変わりました。この国の住人となりました。さあ、どうぞ、ゾアの泉から上がって、私と同じ白いサーリーに着換えてください。これから案内いたします」
ぼくは言われた通りにした。泉の大理石の縁から上がって、用意された下着と白いサーリーを羽織ったのであった。そして今まで使っていた唯一の所持品たるベルトを締めた。
サーリーは絹製なのか、非常に軽く、しかも着た途端、なぜか知らないが、自分の体自体が非常に軽く、まるで体重を失ったごとくふわっと浮き立ち、鳥の翼だけの存在と化したごとき浮遊感を覚えた。見れば、あくまで自分の体はそのまま、足は地面に、体は地面に垂直に立っているにもかかわらず、この浮遊感であった。何かが変わったようである。しかし何が変わったかは分からなかった。また、どうして変わったのかも分からなかった。魔法のサーリーだったか。