序章 サムライ合宿と変人ポーの教え

弟子入りの日

その日ボクが帰宅すると変人ポーは囲炉裏でもちを焼いていた。この囲炉裏は変人ポーのオリジナルでお気に入りの場所だ。なんだか自分から変人ポーにこう改まって話すのはずいぶんと久しぶりなので緊張したが、思い切って今日の出来事を話してみた。

「それで、S君が怒りまくったときにとらはどうしたんだい?」

「謝ったよ」

「それで良い。消しゴムを落としたとらが悪いんだから、謝ることがとらの筋を通すということだ」

変人ポーはニッコリ笑みを浮かべながらそう言った。

余談までに、この時期変人ポーはボクのことを「とら」と呼んでいた。とら、とは加藤清正の通称“虎之助”から来ており、ボクの名前は加藤清正にあやかってその一字を与えられたものなので、いずれも加藤清正由来であるらしい。

「でも、なんかモヤモヤが取れないんだ。そんなにボクは悪いことをしたのかな? あんなに怒鳴られるほど悪いことを。みんなが見てる中で怒鳴られて、それで謝って、何だか悔しいよ」

変人ポーはまだニコニコしている。

「とらが謝ったら、S君は何て言っていた?」

「ボクを睨み付けたまま、そのあともぶつぶつ言っていたよ。おまけに休み時間もそのあとも何も話さないままなんで、なんか嫌な感じ」

「そうだろう、友達なのにな。で、S君が怒ったときにとらは心の中でどんなふうに思った?」

「単純に、何でそんなに怒るんだろう? って思ったよ」

変人ポーはぷっくり焼き上がったもちをボクに渡しながら言った。

「怒る理由は人それぞれにある。例えばその消しゴムがS君にとって大切な人の形見だったかもしれないし、大好きなキャラクターのプレミア限定物かもしれない。シンプルに虫の居所が悪かっただけかもしれないしな。それは良いとして大事なことは、そのときとらが怒りを怒りで返さなかったことだ」

「うん。怒りというより、単純にびっくりしたんだ。それと同時に、父さんが怒りの感情をコントロールしろと言っていたことを思い出したんだ」

ボクはもちを食べながら話している。なんだかこうして話していると合宿のときが懐かしい。

「そうだ。怒りは感情の中でも一番気を付けなければならない要注意感情だ。その点では、今日のとらは怒りの感情をコントロールできたと言って良い」

「というか、怒ることすらならなかったんだけど……」

「そうだね。それでいて冷静に謝れたのだから、それは怒りも含めた感情のコントロールができていたと言って良い。いまはわからなくても、それで良い」

変人ポーはニッコリしながらこう付け加えた。

「もう一つ。大事なことだからもう一度言うけど、とらは謝ることで筋を通したのだ。悔しがるより、むしろそれは誇れるものだ。サムライの誉れよ」

ボクは、何だか変人ポーに褒められてやっとモヤモヤが取れたような気がした。そのあと、改めてまたいろいろ教えて欲しいと変人ポーに言うと、またニッコリしながらそれを了承してくれた。この日、終始ニコニコしていた変人ポーは何か良いことでもあったのだろうか。