改札口を経て駅前の広場に出ると、「白崎海岸」と表示されたバスは扉を開けたままで停車していた。美子は何も躊躇(ためら)うことなく、そのバスに乗り、前の方の座席に着いた。

座席に着く前にちらっと車内を見た瞬間、先に乗車していた人は十人くらいだと、美子の目は捉えていたが、定刻に発車することを原則としているのか、次に乗って来る人はいないと判っているのか、バスは五分も経たないうちに、駅前広場をゆっくりと離れた。

白崎海岸へ向かう旨のアナウンスを流して走るバスに揺られながら、美子はこの前に行った時とは少し異なる思いと、冒険心のような思いが胸の中を駆け巡っているような気分に陥った。バスは緩やかなカーブのある舗装路をスピードを落として走りながら幾つかの停留所で乗客を降ろした。

三十分ほどで商店街を通り抜けたバスは、再び、ゆっくりとした速度で海沿いを走った後、美子の目的である停留所が近いことを告げた。その直後、バスは停車したが其処には紛れもなく、「白崎海岸」と表示された見覚えのある標識が道沿いに立っていた。「目的地に着いたわ」と、思いながらバスを降りた後、ほっとした気分になり、美子は思わず深呼吸した。

その後、停留所の前の広場に移動したバスから少し離れた位置で、潮の香りを含んだ風を思いっきり吸い込んだ。

「この前に感じたのと同じ海の匂いを含んだ風の匂いがする。わたしに、もう一度おいでよと、言ってくれているような気がする……」と、例によって美子流の解釈をしながら、海の方を見ていると、急に喉の渇きを覚えた。

「何か飲物の買える自販機はないかしら……」と、周囲を見回すと運良く、向かい側の道路の脇にある自動販売機が目についた。道路を横切り、その自動販売機の前に立った美子は、「生茶にしようかしら……」と、まるで誰かにお伺いをたてるように、言いながら指定された額の硬貨を投入した。

その直後、自動販売機の中を響かせるようにガタンと鳴る大きな音とともに、ぺットボトルがボックスに落ちた。

それを取り出した後、美子は、「わたしは何時も一本しか買わない。でも、今日は……」と、自分に念を押して、二本めを求めるための硬貨を投入した。

すると再び、同じ音を立てて機械のボックスにぺッ卜ボ卜ルが落ちた。その二本めを取り出して冷たさを確認した後、バッグからハンカチを出してぺッ卜ボ卜ルを包んだ。

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