「朝ごはんだよー」
佳代子が呼んでいる。三人は急いで牛舎から上がると、作業服から着替えて食卓についた。春美は中学校の制服、千尋は高校の制服だ。
ホカホカとしたご飯をお茶碗いっぱいに盛り付けて、おかずは、牛舎の隅で飼っているニワトリたちの生みたて卵を使った目玉焼き、その下にはカリッとしたベーコンが顔をのぞかせている。それにキャベツとベーコンの牛乳入りスープだ。キャベツは昨秋収穫したものを、むろで大事に保管してきたものだ。それから何といっても牛乳豆腐。牛乳も、もちろん自家製である。これで中渡家の朝食がそろった。
「カムイに感謝して、いただきまーす」
佳代子の号令で、四人は食事のあいさつをして、いっせいに食べ始める。中渡牧場はアイヌ民族の末裔である。だから神はカムイなのである。
「お母さん牛乳取って」
佳代子は千尋に、バルククーラーから取ってきたばかりの牛乳を渡す。表面にうっすらとクリームが浮いている。
「お父さん牛乳いる?」
「もらおうか」
千尋は、天然のクリームが入った牛乳を、重盛のコップに注ぐ。そして自分のコップにも注ぐと、グッと半分ほど飲んだ。
「やっぱりうちの牛乳はおいしい」
「そりゃそうよ。お日様をいっぱい吸った乾草を、おなかいっぱい食べているんだもの」
ほぼ草だけで牛を飼っているなんてもうわが家ぐらい。でもだからおいしい牛乳を出してくれるんだと、春美は改めて感じていた。
佳代子は、千尋と春美がおいしそうにわが家の牛乳を飲んでいる様子を見ながら、答えるように、そして問いかけるように言う。
「それにやっぱりカムイのおかげね」
「今年もひなが育つといいけど」
コタンコロカムイのひなが育つということは、わが牧場に大きな問題は起きていないということであることを、佳代子は長年の経験から分かっていた。
佳代子の問いかけに、重盛は少し箸の手を休めて、
「大丈夫だろう」
「抱卵しているのを見たぞ」と答えると、佳代子はほっとするように
「じゃあ、今年もわが牧場は安泰かもね」と言う。
そんな両親の会話を聞きながら、時計を気にして急いで黙々と食べる姉妹であった。
千尋はもう登校の時間だ。
「行ってきまーす」
千尋は、コートを羽織ってヘルメットをかぶり、玄関先に止めてある愛用のカブにまたがると、庭を抜けてニシベツ実業高校に向かった。