【前回の記事を読む】「あなたは周りと違うのよ」心疾患の小学生は泣き出して…
2章 普通になりたい
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「姫花ちゃんから大事なお話があります」
と言われて、みんなの前に出る。全部話し終わる頃には、最初はにやにやしていた男の子たちも静かに聞いてくれていた。時々悪口を言ってきたり、いじわるな時もある上級生も、本当は優しいのだ。
運動の秋。もう一つの行事が私を曇らせる。マラソン大会には出たい。
「先生、マラソン大会のことなんですけど……」
「マラソン大会は、あなた以外にも見学の子はいるはずよ」
だからひとりではないの、と先生は言った。私の不参加は、もう決まっていることらしかった。それなら、その日は休みたい、と思う。ただ走るだけの行事で、走れない私に出席する理由がない。「みんなを応援することも大切でしょう?」
張り切って応援をすれば、すごく目立つに決まっている。想像しただけで「かわいそうね」とささやく大人たちの声が聞こえてきそうだ。
「ねえママ、もし100万円払ったら姫花の病気が治るとしたら、払う?」
「もしアメリカに行ったら姫花の病気が治るとしたらどうする?」
そんなことにはならないと、私が一番分かっている。
2年生になってクラスと担任の先生が変わっても、体育の授業は参加させてもらえなかった。1年生の頃は、みんなと同じようにやりたくて一生懸命になっていたけれど、もういいや、と思う。どうせ言ったところで変わらない。校庭の隅でぼーっと座っている方が、自分も先生も楽だということに気づいた。下を向いてざらざらした砂を触っていれば、授業は勝手に終わってくれる。
「なんで体育やらないの?」
初めて同じクラスになった子が、不思議そうに聞いてきた。
「生まれた時から心臓に病気があって、走れないわけじゃないんだけど、でも走っちゃいけないんだ」
「なんで姫花ちゃんは、プールのぼうしがピンクなの?」
「生まれた時から心臓に病気があって……」
ピンクは目立つ。何人にも同じことを聞かれて、何度も同じことを答える。心臓、病気、そういう言葉たちが私をどんどん普通から遠ざけていく。3年生になっても、眺めるだけの授業は続いている。これは無理そうかなと思ったら、スッと列を抜ける。授業のほとんどは、校庭の隅で過ごす。キミがいるから、私は周りの子と違う。そんな感覚が、当たり前になってきた。
けれど、そう感じているのは、私だけなのかもしれない。急がないと、赤になる。学校を出てすぐ目の前にある横断歩道の、点滅し始めた信号機に向かって走り出すと、声が聞こえた。
「病気のくせに走ってるー!」
「うわ、ずる! 体育出てないのに!」
うるさい、と思うのと同時に、ぐっと悔しくなった。男子たちはめんどくさいし、何をしてくるか分からないから怖い。私が教室を出ようとしたらドアをふさいでくるし、この前は階段から落とされそうにもなった。悪口を言われるたびに、どんどん友達が減っていく気がする。
3年生の夏、新しい家族が増えた。少し前から、犬を飼いたいと話し合っていたわが家。
「名前は姫花が決めていいよ」
と言われて、前から考えていたいくつもの候補を紙に書く。ショコラ、リボン、ミント、ミルク。顔を見ながら、なんとなく違うものを消していくと、1つだけ残った。
「チョコ!」
毛の色にふさわしい、チョコという名前が新しい家族の名前に決まった。小さい頃は犬が怖くてさわれなかった私も、チョコが来て、短い足に追いかけ回されるうちに、動物が大好きになった。