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警察というところは、どこでも、同じことを百回聞いて、百回同じことを書いてやっと納得するのだろう。日本とアルゼンチンの違いは、時間の流れ方の問題ではなくて、話している言葉がほんとうにちゃんとわかるかわからないかの問題なのだということに、私は、ようやく気がついた。
何度も繰り返し、同じことを聞かれているうちに、一つ一つの言葉は聞き取れるようになった。トモコさんに、聞き取れた言葉の意味を聞いて、なるほどと思った。同じことを聞かれたら、三回目には、トモコさんに通訳してもらわなくても、自分の名前を自分で返答することもできた。
でも、日本で警察官に聞いたことは聞けない。
「どうして何度も同じことを聞くのですか?」
「それで、盗られたものは戻ってきそうですか」
「まだ、時間はかかりそうですか」
聞かれたことに、答えることができても、こちらから質問攻めにすることができないのだ。わからないことをわからないと言えない。わからないことを聞いても、スペイン語で説明されるのであれば、結局わからないのだから、聞くだけ無駄だとあきらめる。
トモコさんに通訳を頼むことも考えたけれど、それにしても、結局のところ、何をどう聞いたらいいのか、わからない。アルゼンチンの警察システムについて全く知らないのだから。
よくよく考えてみたら、日本の警察システムについてだって精通しているとは言い難い。それは多分いいことなのだろうと思うけれど。今や私は日本の警察システムよりもアルゼンチンの警察システムのほうに詳しいのかもしれないと思いつつ、硬い椅子に座って窓口の向こうでキーボードを叩く人、歩き回る人をじっとりと眺める。
艶やかなピンクの唇をなめながら、アクリル板の向こうの白衣を着た女性は、もうこれで間違いはないだろうと、トモコさんにA4の紙を差し出した。トモコさんは、それをひったくるようにして受けとり目を落とす。私は横からそれを覗き込んだ。
「間違いないわよね」
「少なくとも名前はあってる」
見てすぐに読み取れるのはそれくらいだ。ゆっくり読んでいる時間がもったいないと思う。日本語であれば読み飛ばすことができるのに。トモコさんは、盗られたと思われる場所、時間、盗られたものを日本語に訳して読み上げた。
「他には何も盗られてない」
日本語でのやりとりを、白衣の女性は、うさんくさそうに唇をなめながら聞いている。トモコさんがこれでいいと伝えると、それをそのままコピーして、一枚の紙切れだけが渡された。少なくとも、保険金は請求できる。