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フリオが日本でひったくりに遭ったとしたらどうだろう。
交番に行くことはできるだろう。日本語で警察官にかばんを盗まれたと言うこともできる。警察官に尋ねられたら、何が入っていたかもなんとか言える。警察官はガイジンのような話し方をする日本人を不思議な顔で見るだろう。そして、名前を聞いて納得する。なんだやっぱりガイジンかと。
その後の警察官の対応の仕方は、きっと変わるのだ。
子どもを相手にするような口ぶりになるか、あからさまに蔑さげすんだ物言いをするか。どんな状況だったかという質問をぶつけられたら、どこまでこたえられるのだろう。
警察官に、何度も同じ質問を繰り返されたとき、たどたどしい日本語を話し、日本人らしくない名前を持つ日本人顔の男は、自分が「ガイジン」だからと思うだろうか。何度も同じ質問を繰り返す制服を着た日本人の警察官は、とてもとてもイライラした顔をしている。
フリオの両親は日系二世で、中学生の彼を連れてアルゼンチンからデカセギで日本に来た。アルゼンチンにいたころから、親は二人とも日本語を話すし、フリオ自身は毎週土曜日に日本語学校に通っていた。平日の学校ではスペイン語しか使わないけれど、土曜日は先生とも友達とも日本語でしゃべった。自分は日本語がペラペラだと信じていた。
アルゼンチンにいた時は日本人の顔をしているから、みんなはフリオのことを日本人だと言った。フリオも自分のことを日本人だと信じていた。実はアルゼンチン人だったということを日本に来るときに知った。
日本の中学校に通うようになって、友達に話しかけると、笑われた。日本人が話している日本語は、日本語じゃないと感じたけれど、自分が口にする日本語がおかしいのだということがわかって、日本語を話すのをやめた。教科書を見ても、何が書いてあるのかわからない。
学校に行くのもやめた。デカセギに来たんだから、金を稼がないと意味ない。両親は仕事をこなすことに精一杯で、フリオが学校に行かなくなったことに気づかなかった。そして、気づいても、見ないふりをした。ラインの仕事は日本語ができなくても、できる。勉強しても無駄だ。どうせ、アルゼンチン人だから。
内緒で仕事を見つけて、働き始めた。住み込みの仕事を見つけて、両親と離れて暮らすようになった。