第二章
手元に注目していると、彼女は膝を少しこちらに向けて座り直す。
「あの……ここ、よく来られるんですか?」
「週二回は来るかなぁ。職場からの帰り道なんです。というか、お姉さん、モデルとか?めっちゃ綺麗だから」
彼女は腕を組んで煙草を一回深く吸い込んで吐いた。
「ううん。普通の会社員です」
「マジですか。その会社の男どもは、幸せもんだなぁ。めっちゃモテるでしょ⁉」
彼女は空に向かって微笑んだだけで答えず、逆に質問してきた。
「あなたのお仕事は?」
何となく手持ち無沙汰で次の煙草に火をつけ、医師をしていることだけ答えた。
「大変なお仕事されてるのね。若いのに尊敬しちゃうわ。転勤も多いんでしょ?」
「そうなんだけど、もう遠くに飛ばされることはないかなぁ。今まで色んなとこに行って、きっちりご奉公してきたし。ちなみに、もう若くないですけど」
私が話し終わらないうちに美人が軽く吹き出した。
「ご奉公って。面白いわね、あなた」
美しい女性と会話を楽しんで、都会で偶然女優に会ってしばらく話し込んじゃったような非日常感に包まれた。
「お姉さんと、今度一緒に飲みたいなぁ……」
と、ついこぼしてしまう。瞬間、彼女は頬を赤らめて、クールな外見とは対照的な可愛らしい笑顔を向けてくれた。
ちょうどその時、辺りを見渡しながらやってきた若い男性が「BARhome」の前で立ち止まり、吊り下げ看板を確認して店内へ入っていったのが視界に入る。何となく落ち着かない気分だった私は、半分以上残った煙草を消し、私を見つめたままの美人に挨拶し、席を立って彼に続いた。
爽やか系男子、森山健太。三人姉弟の真ん中。この街で生まれ育ち、中学、高校では硬式テニス部に所属。看護専門学校で学び、今の職場に就職。趣味はサイクリング。数年前、思いきって三十万円でロードバイクを買い、休日はよく海沿いを走っている、とのこと。
「なるほどねぇ。黒いわけだ。サイクリング焼け?健太君、真ん中に座ってみて」私が促す。立ち上がった彼がそのままジャンプしたら、店の天井に届きそうだった。席替えをすると、オセロみたいに黒が白に挟まれる格好になる。
元村さんと「オセロだ~!」と叫んで、二人で腹を抱えて笑った。
「なんですか、それ。ちなみに、黒いのは昔からっすよ」
健太君は、頭を搔きながら、口をへの字にしている。
「そっかぁ、硬テしてたんだっけ。私と一緒だったねぇ。あはは。ごめん、ごめん」
そう言って、彼の肩をバンバンと叩くと、への字口が笑顔に変わった。年下の男子というのは私が最も苦手としている存在だったけれど、彼には好印象を持った。嫌味がないし、よい意味で他人への興味や執着心を持っていないように感じた。その部分で、私と同じ価値観を持っていそうだった。
その日は私も元村さんも立てなくなるほど飲んでしまって、結局健太君が二人ともタクシーで送る羽目になった。初対面がそんなだったから、お互いに気を遣う必要もなく、すぐに打ち解けることができた。それから、三人でよくつるむようになった。