お菓子の家の魔女
鼻歌を歌う結愛に、麻里那がそっとささやいてきた。
「先生、最近ご機嫌ですね。どうしたんですか?」
「ああ、ごめんなさい、つい無意識で」
いつものお菓子教室で、結愛は王様のチョコレートケーキを生徒たちに教えていた。これは味も良いのだが、見た目が独特だ。特徴的なのは、王冠を何個も重ねたような突起をチョコレートで表現し、ケーキの表面を飾っている点。この装飾の難易度は高い。さすがに一番長く通っている麻里那でも苦労している。
「こんな難しいケーキを楽しそうに作れるなんて、先生、さすがですね!」
と、他の生徒が言うと皆頷く。今回はどの生徒も必死で、余裕がないことが見て取れる。
「無理に見本通り作らなくて良いんですよ。自分にとって、かっこいいと思う王冠を表現してください」
結愛は一人一人に手を貸して回りながら、笑顔で呼び掛けた。その結果、あちこちで良く言えば個性的な、正確には、やや不格好なケーキが出来上がったが、生徒たちは達成感に満ちた顔をしていた。
「やっぱり、先生何か良い事あったんでしょ」
帰り道、生徒たちと駅に向かう道で麻里那が結愛に上目遣いで尋ねてきた。
「実は……年下の彼氏ができてしまって」
ええ、意外、いや、やっぱり、など様々な反応をする生徒らに、結愛は、
「なんて、嘘ですよ。実は、私のプロデュースしたお菓子が再来月、コンビニで発売されることになったから、嬉しくて」
きゃあ、素敵、絶対買いたい、何のお菓子ですか、などと騒ぎ立てる生徒たちに「まだお菓子の詳細は契約上秘密なの」と笑いかける結愛を、少し離れて麻里那はじっと見ていた。結愛と目が合った時、麻里那はふっと微笑んで、携帯電話を高くかざした。電車に乗ってから届いた麻里那からのメールには、
「先生、良かったですね。素敵な恋になりますように!」
と、全てを見透かしたことが記されていたので、結愛は顔を赤らめた。