結愛の元へワオがお菓子を習いに通い始めて、4か月が経った。ワオは最初こそ、簡単なチョコレートの湯煎でもチョコレートの中に湯を入れて失敗したり、プリンを作る時にはカラメルを焦がしてしまったりしていたが、元々料理の素養があったので、今ではかなり上達した。
無機質な水飴を、美しい曲線の白鳥の飴細工にする。繊細で華奢な指を持つワオの手を見ると、結愛はつい見惚れてしまい、次の指示を忘れてしまいそうになる。モノトーンが好きで殺風景であった結愛の部屋だが、ワオが来る日には花を生けるようになった。ワオが来ると、部屋に明るい光が射すように感じていた。
「ワオさん、私の祖母があなたに会いたいって言っているの。今は、施設にいるんだけど、今度の休みの日にどうかな?」
結愛がワオに切り出すと、ワオは結愛のレシピ本の挿絵のイメージカットのラフを描く手を音もなく止めた。
「今はイラストの仕事がたくさん来ているから、締め切りが近くて難しいよ」
「ほんのちょっとよ、時間は取らせない」
「本当に忙しいんだから。無理」
そう言うとワオは立ち上がって上着を羽織り、帰り支度を始めてしまった。
「じゃあまた、来週。このキッチンで」
この日は一緒に夕飯も食べようと言っていたのに、ワオはわざわざ「このキッチンで」と言って、結愛が引き留めようと言葉を発する一瞬前にドアを開けて帰ってしまった。
結愛には夢があった。男性恐怖症になる前の夢。やっと最近になって、取り戻すことができた夢。
自分の作ったウエディングケーキで、ガーデンウエディングを行う。季節の花を飾ったケーキで、中にはたっぷりのフルーツを入れる。フルーツに気を付けながら、タキシード姿の彼とケーキカットを行う……
それがあと少しで叶いそうなのに、なぜワオは逃げるのか、結愛は焦っていた。両親に会ってと言うのはハードルが高いだろうから、まず祖母からと思ったのだが、祖母の方がかえってハードルが高かったか、と結愛は反省した。