ちょっと話がずれますが三年生幹部になったら新宿若松町にあった合気道本部道場へ稽古に行かなければいけませんでした。幹部としての役割の一つでもありました。いろんな人と組み稽古をするのです。ましてや我々学生は相手からすれば稽古相手としては打ってつけで随分と激しい受けも取らされました。

その本部道場での稽古も憂鬱で憂鬱で……。しかし、しかしです。その本部道場にはしょっちゅう女優のYさんが稽古に来ていました。いくつになっても綺麗で愛らしい昭和の女優、四十年以上も放送された国民的人気番組などにも出ていました。Yさんと何度か稽古をさせていただきました。いい匂いがしました。うっとりするようないい匂い! でもうっとりする暇もなく、技は切れる! 姿勢も良い! TVで見るYさんと一緒でした(当たり前!)。

Yさんの手首を握り合気道の基本技の一つである一教二教の受けをした時、私の手首を捻りながら、関節をきめられ畳に抑え込まれるのですが畳の匂いではなくYさんの匂いに襲われ? このまま抑えこまれていたい!と。大変失礼しました! 真面目に稽古稽古に明け暮れた学生時代でした。

大学時代の話をすると長くなるし、いろいろと問題? もあるのでここら辺にしておこうかと。いや後ちょっとだけ。このような大学生活でしたので、授業にはなかなか出席できず(出席したいという意思はあったように思いますが……)、試験の前は真面目に授業に出てる学生のノートのコピーをして勉強をしたつもりになっていました。

当然コピーしたからといって試験ができる訳じゃないのは明白です。成績は悪かったです。三年間で『かやまゆうぞう』です。可が山ほどで、優は三つ。アチラの若大将ではありません。

一年に優がキッチリ一科目はなかなか難しいですよ。このような成績でしたが、何となく志望の会社に入れるような気になっていたのは合気道の部活動を一生懸命やり、日頃から師範、OB先輩方とも会話をし、先輩後輩、他大学の学生とのやりとりもしていく中で社会性が身につき、会社組織においてもやっていけるように感じていたのだと思います。ですから何故か我が合気道部の卒業生は皆希望のところへ就職していました。

その合気道部師範であった遠藤先生の現在の合気道は同じ先生かと思うくらい様変わりなんです。常に進化をしており、更に進化を遂げるであろうと思うと楽しみでワクワクしてるのは私だけではありません。

進化はするものの変わらないのは相手の気持ち動きに合わせていることと常に相手との間合いを意識されていることだと私は思っています。ちなみに遠藤先生はそろそろ八十歳を迎えようとするお年ですが、お若い!