【前回の記事を読む】「人懐っこい笑顔」からは想像しがたい…彼女の1年半前の姿
桜の散る頃に
結核病棟
革のジャンパーを着た、いわゆる“ヤンキー”風の外見とは異なり、言葉遣いは丁寧で質問は的を射ており、彼への印象は時間と共に好転していった。
一方、彼女は突然自分を襲った不幸に圧倒されているのか、やや乱暴な受け答えに終始し、時にふてくされて攻撃的でもあった。
「わかりました、ちゃんと治療すれば彼女は治るのですね」と彼が言った。そしてそのあと彼は思いがけない言葉を口にした。
「そのために私は何をすればいいでしょうか?」
それまでこのような言葉を耳にしたことはなかった。結核の話をすると家族や職場への感染はどうか、退院はいつになるのか、どこで感染したのかなど患者自身への心配より周りの人間に重点を置いた質問が多いのが常である。
「結核」という病気が持つイメージを考えると、それも致し方ないのかなと思うが、あまりに患者以外のことばかり聞かれると鼻白むこともある。それだけに彼の発言は新鮮で、彼の彼女に対する深い想いをストレートに感じさせた。
「治療は任せてくれればいいよ。そうだね、入院期間が長くなるから精神的に参らないように支えてあげて欲しいね」
私が初診の段階でこのような言葉を口にするのも初めてだった。口では患者の心配をしながら足が遠のいていく家族も多い中、彼はほぼ毎日病院に通ってきた。
彼女の治療は順調に進み、それと共に表情も次第に穏やかになり6カ月目に彼女は退院の運びとなった。そして彼女の姓は変わった。