晃が再び食い下がった。「“いろいろ”とは一体なんですか?」
「現場に残された指紋とか、状況証拠とか。例えば問題の夜の部屋の様子です。斉田さんが転落したあとのベランダには踏み台や椅子などはなかった。それなしに単なる不注意でかなりの高さの手すりから落ちるとは考えられません。よっぽど頭のいかれた男が手すりによじ登りサーカスの真似でもしない限りね。
ベランダの端っこには大きなポインセチアの鉢が転がっていて鉢にはひびが入っていました。だがその鉢は踏み台には出来ないし斉田さんの落ちた地点とは離れた所にあった。なぜその鉢がひっくり返ったのか?」
「本人は酔っぱらっていたんじゃないですか?」
「検視の結果アルコール分は検出されませんでした。ここで申し上げたいのはあの当時は事故ということで一件落着したかのように見えますが私自身はそうは思っていないということです。あれは事故ではなかったかも知れない。自殺の線もあり得るし、誰かに突き落とされた可能性も排除できない。まだなんとも言えません」
今までの気楽でどちらかというとのんびりした空気がガラリと一変した。刑事を名乗る男の言葉に一同は一挙に重苦しい雰囲気に包まれた。
刑事は「それならついでにお聞きしますが」と晃を名指して「あなたはお父さんが事故死された夜、一時間ほど経ってから現場に駆け付けたと言っていますね。警察が事故の直後に家族に連絡しようとしても中々繋がらなかった」
「あの夜は母を病院へ連れて行っていましたから。あの夜の警察の聞き取りにきちんと説明したはずです」
「私はじかにあなたから聞いていません。聞き取りをしたのは部下の巡査長です。お母さんはなぜ病院に行かれたんですか?」
「僕のアパートに来る途中、練馬の駅で人に突き飛ばされて階段から落ちたんです。顔に怪我をして右目の下の頬っぺたを四針縫いました。その時の医院の名前を言いましょうか?」
「それには及びません。分かっていますから。あなたはお父さんが事故死した前後の時間帯にはあのマンションには行っていないと言うんですね。それは確かですか?」
「言っときますが僕は親父を突き落としていませんよ」
刑事は驚いたというように言った。「そんなことは思ってもみない。なぜそんなことを?」
「僕が親父とうまくいっていなかったことは皆知っている」
「そうでしたか、私は一向に知りませんでした。我々は調査を継続しています。改めて故人の関係者に聞き取りしようと思っていた矢先にコロナウイルス騒ぎになって、自由に人と会って話を聞き辛くなってしまった。そうしたら斉田寛のオンライン追悼会をするから参加しないか、とメディア・ドット・ジェーピーの松野さんが誘ってくれたんですよ」