「しかし、月面への着陸までは行わない。それには、まだ、色々クリアしなければならない問題が多々あるんでね。もちろん、お金の問題もね……。しかし、ただ『月』まで行って帰って来れば良いというわけではないんだ。今回のミッションではその過程が、逐一、地球にいる大勢の人たちに放送されることになっている。
そこで、我々が、君にお願いしたいのは、宣伝して欲しいんだよ。我が社の宇宙船とアンドロイドをね! もちろん如何に優れているかということを、何億という地球上の人たちに! 京子君には、あくまで大学の研究の一環として宇宙船に乗ってもらう。そして、一般人として、ウチの宇宙船とアンドロイドの有能さをアピールして欲しいんだ。簡単な任務だろう? ワハハハッ」
スミス氏は、笑いながらそう言うと、ドーナツの入っている紙袋に手を伸ばした。
「でも、訓練とか大変なんですよね? やっぱり……」
楽天的なスミス氏とは逆に、彼女はやはり心配だった。
スミス氏は、ドーナツの入った紙袋を覗き込んでいた。すると、いきなり眉をひそめた。
(たしか、ドーナツを10個ほど買ってきたはずなんだが、私は一つしか食べてない。しかし、もうないということは……)
スミス氏は、京子を横目でチラリと見た。そして、ドーナツの入っていた紙袋を両手で丸めると、京子の質問に答えた。
「訓練のことなら心配要らない。君もご存じの通り、宇宙は金さえ払えば誰でも簡単に行けるものとなった。宇宙旅行はもはや一般的なものとなりつつある。特別な能力や、長い時間をかけての特殊な訓練などなしにね。それこそ海外旅行のように。だから、今、君が通っている大学院も辞める必要もない。数週間休むだけのことだよ。
ちなみに、もう既に君の研究室の教授には話を通してある……服部教授には」
少し日が傾いていた。中庭にも大学の建物の影が伸びてきていた。