それから数日経った月曜日の午後、ワオは結愛のマンションを訪れた。男性を家に上げるのは、本当に久しぶりである。行彦と別れた後にこのマンションに引っ越してからは初めてだ。多少、身構えていた結愛であったが、ワオがさっと身に着けたエプロンにバナナの絵が描いてあったので、結愛は笑いをこらえきれなかった。

「まずは、型抜きクッキーからですね」

いくら居酒屋で調理も担当していても、お菓子作りとは勝手が違う。そこで、簡単なものから教えようと結愛は考えた。

「あの、先生、くるみのパンケーキは教えてもらえないのでしょうか」

「ああ、あのパンケーキ……あれは誰にも作り方を教えていないの」

くるみのパンケーキとは、結愛が両親の喫茶店で不定期に出すお菓子だ。普通は入れない、光り輝く「あるもの」をスパイスとして入れる。そのスパイスが貴重すぎて、数か月に一回しか出せない。それだけに、SNSでは「幻のパンケーキ」と言われていることも結愛は承知していた。誰にも真似できない、結愛の最高傑作だ。

「俺、頑張ります。いっぱい通って上達します。そうすれば、くるみのパンケーキも作れるようになりますよね?」

必死で食い下がるワオを見ていると、やはり可愛らしい猿が甘えているようで、無む下げにできない気がしてきた結愛は、「いきなりあれは作れないと思う。普通のホットケーキミックスで作るものよりも工程がずっと複雑だから。そうね、王様のチョコレートケーキまで作れるほどになったら、教えてあげましょう。それには数か月かかりますからね」と了承してしまった。

「やった! ありがとう先生!」

両手を上げて、いちいち大袈裟おおげさに跳ね回るワオは、男性の匂いがしない。かといって、弟でもないし、結愛の中では猿でしかなかった。こうして、結愛とワオの週一回のプライベートレッスンが始まった。

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