会話が何となくぎくしゃくしてきて、原田も何か自分に落ち度があったのではないかと焦り始め、神経性胃炎を起こしたのか、原田もお腹の具合がおかしくなってきた。自分もトイレに行きたくなり、恥ずかしかったが、やむを得ないので彼女にそれを伝えた。すると、彼女がすごく焦り出したのである。
「ど、どうしたの。え、店出ましょうか」
「いや、ここで、トイレに行ってから、他に移るから」
「え、でも、トイレなら他でもいいんじゃない」
「え、でも」と言いながら、もう我慢ができなくなった原田は、さっさと席を立って、奥のトイレに向かった。背中に彼女の悲しい視線を浴びているのに気づかぬままに。何となく気まずい雰囲気を感じ取ってはいたが、ただその時は、デート中にトイレに行く失礼な奴だと思われたんじゃないかと、自分の罪悪感しか考えていなかったのである。
喫茶店のトイレは一つしかなかった。男女兼用となっている。喫茶店のような狭い店ではそれは当然のつくりと言えた。原田は、焦ってトイレに入り、すぐに便座の蓋を開けると、何と、トイレの便器の中が水で一杯になっていて、その中に、流れていない大があったのである。
これでは流したら便があふれてきそうで、流すに流せず、かと言って、そこに自分のものをするわけにもいかず、やむを得ず、店の人を呼んだ。そして、水が流れていないが、どうすればいいのか、と訴えたのである。
店員は、申し訳なさそうに、「すいません、分かりにくいのですが、うちのトイレは、そういうものなんです。つまり、もともと水が一杯になっている状態で、そのまま流していただければ結構です」と答えた。
「え、壊れてるわけじゃないの? 流そうとしたら、あふれるんじゃないの? 大丈夫なの?」
としつこく聞いた。店員は、申し訳なさそうに頭をかきながら、黙って頷いた。そこで、原田はすぐにトイレに戻り、ドアを閉めたが、いつもは必ず閉めるドアの鍵は開けたままにした。もし万が一、水があふれるようなことでもあれば、すぐに店員を呼ぼうと思ってのことである。
そうして、おそるおそる、タンクの横に付いている水を流すためのレバーを大を流す方にひねった。すると、見事に溜まっていた水と便は一気に流れ去り、新しい水が出て来て、また便器一杯に満々と充たされたのである。これを見た原田は、安心して、ドアに鍵を掛け、用を足すことができた。