結愛が席に戻ると、隅の方で一人で日本酒を飲んでいる小柄な男性がいた。男性は結愛に気付くと、「あっ」と声を上げて立ち上がり、「席が交代の時間だったので。男性だけ、席替えがあるんですね。頼んだばかりの奥の松、さっきの席の女性陣に分けずに持ってきちゃいました」と頭をかきながら話しかけてきた。
「奥の松? もしかして、福島県のお酒ですか?」
「はい、二本松市の酒蔵です。俺は、東北の日本酒が大好きなんですよ」
眼鏡をかけて女性のように華奢な男性は、人懐っこく笑いかけた。
「前に、福島県のお酒を使ったお菓子を作ることをテレビで企画して、それで……」
「知ってますよ。復興支援の番組でしたね、城山さん。あの後、企画したお菓子を期間限定で販売したでしょう。買いました。日本酒の味がしっかり生きていて、びっくりしました。日本酒って、お菓子になるんだなって」
照れくさそうに言う男性は、結愛より年下でフリーランスの絵師だと言う。ソーシャルゲームのキャラクターのデザインの依頼があれば絵を描くが、それだけでは食べていけなくて、居酒屋で調理も含めたアルバイトをしているそうである。
結愛は、こんなにストレートに自分の作った菓子を褒めてくれたことが嬉しく、少し心を許した。男性はそんな結愛に朗らかな表情で酒を注ぐ。
「俺、ワオキツネザルに似ているでしょう。だから、wao-sarurunって名前で絵師をやらせてもらっています。本名も、猿島ワオって言うんですよ。ぴったりすぎでしょう?」
「わ、ワオさん。言われてみればお猿さんに似てますね。素敵な名前」
彼は太くて黒い眉を持ち、少し尖った黒縁眼鏡の奥には丸い瞳が光っていて、外に張り出した大きな耳をしていたので、尻尾さえ付ければワオキツネザルになるような容貌だった。
「俺は、仕事を得るために来たんです。一つ大きな、イラストの仕事をもらえました。企業のパンフレットです。ありがたい。恋人を探すために城山さんは来たのでしたか?」
その言葉に、結愛は凍り付いた。