パソコン・オタク

輝之がネット取引で儲けた金はその後どうしたか聞くとアルゴリズム取引(高速自動電子取引)で何もしなくても着実に稼げるようにしてあると言う。つまり利益と損失のパーセンテージを割り出した仮想通貨用の独自のソフトを開発し、自動取引出来るようにしてある。

もちろん自分でプログラミングしたソフトで、誰にも絶対教えない。それではあなたはお金持ちかと尋ねると、妙な笑い方をしてそうとも言えるし、そうではないとも言える。一度暗号通貨の値動きを見誤りかなりの損を出した事がある。彼のソフトは予想外の変動に弱くまだ改良の余地がある。人間の考えたものに完全なものはないと言った。

一方で彼はメディアを賑わしている社会の出来事や人物の名前には何の関心もないらしく、下世話な事には全く無知だった。まわりの人間にも何も感じない。かまって欲しいとか仲良くしたいとか考えたこともない。

彼の関心は数字と暗号で構成された記憶、それだけだ。たとえば何月何日、何時何分に人と会ったという事実、これは忘れない。でも会った人物の名前やどんな顔だったかは覚えていない。その人間に関心がないからだ。

輝之は中二の時に登校拒否になった。勉強が出来なくて学校を止めたのではない。むしろ算数や数学はよく出来た。しかし学校の雰囲気に溶け込めず、友達も出来なかった。学校でいじめに遭い、学校に行くのを止めた。高校も入学はしたものの途中で退学した。

人間には興味がない。面白いのは数字だけだ。数字は決して裏切らない。数字が形よく並んでいるのは美しく、崇高でさえある――そう語る輝之の顔を見ながら浮世離れした不思議な若者だと彼女は思った。