プロローグ 海辺の墓地

その墓地は郊外の小高い丘の上にあった。眼下に見えるのは冬の日差しを浴びた浜辺である。浜には遠くから運ばれて来た貝殻やプラスチックのビン、小枝や小石が雑多に混じりあい打ち寄せる波に沿って線を描いていたが、波打ち際の砂は細かくてきれいだった。波は高くところどころに白いしぶきを立てていたが水面はキラキラと輝いていた。空気はひんやりとしているが肌にさわやかである。

やや傾斜した地面に張り付くように肩を寄せ合っている墓石群はどれも古くて年代を経たものに見えた。二人の女は車を坂の下の空き地に止めて墓地への坂をゆっくり上がって来た。黒いウール地に灰色の折り返し襟のハーフコートを羽織った中年の女は白いユリの花束を持っていた。

もう一方の女は若くて十八歳前後。黒のタートルネックのセーターに赤いジャケット、腿や脚の線にぴったりと沿ったジーンズを穿いている。背は高くないが均整がとれていてスタイルはいい。年上の女を待ちきれないのか速足でどんどん上に登っていく。冬とはいえ晴れた日の午後は暖かく、二人はうっすらと汗ばんできたようだ。

やがて二人はとある墓の前で立ち止まった。先代から引き継がれたのか苔むした古い墓石が目に入ったが、その古い墓石の傍に小さな新しい石が立っている。年上の女は墓の周りを見回して感慨深げに言った。

「ここに来ると思い出すわ。少しも変わってないわね。本当に何年振りかしら。子供の頃一家でよくここに来てお弁当を広げたものよ。お父ちゃんはお酒を飲んでお母ちゃんも一緒に酒盛りして、その後はお墓を囲んで輪になって踊ったわ。比嘉のおじちゃんやおばちゃんも一緒だった。それに従兄弟のはるちゃん、要ちゃん、そりゃあ賑やかだったわ。一日中日が暮れるまでね」

彼女は遠い昔を懐かしむように視線を水平線のかなたにやった。

この墓には彼らの祖父母や曾祖父母も眠っている。彼女の母は伝統舞踊“エイサー”の名手だった。

「そう、あなたのお母さんも若い頃踊りの名手だったと聞いているわ」

しかし若い女は素っ気なく自分は母親が踊るところを見た事はないと言った。それにたとえ踊りを知っていたとしても到底踊る気にはなれない。若い女は年上の女に反発を覚えているらしく、それにいら立ってもいた。長い間島に帰らず墓参りもしなかったのによく覚えているわね、と少し嫌味を込めてつぶやいた。

年上の女は持って来た白い花を墓に手向けた。花は浜風になびいて小刻みに揺れている。若い女も墓石の前で無言で手を合わせた。墓の前での祈りを終えると年上の女は辺りを見渡して小さな地蔵尊の並んだ供養塔の横にベンチを見つけてそれに向かい、やがて二人は並んでその上に腰を下ろした。