三月二日の木曜日の午後に、新医師会長の原上逸二は国田と会った。
「国田先生、三月より私が医師会長になったので、よろしくね。私は医師会では庶務の仕事を約十年間、次に会計の仕事を十年間してきましたが、看護専門学校の運営については全くの素人でね。まぁ、よろしくお願いします」
「いいえ、私も教務主任一年生で、四月から二年目ということになりますので」
国田は少し謙遜して、笑みを浮かべて見せた。
「学校は初期段階の赤字はやむを得ないが、今年の四月には第四期の新入生が入学して四学年が揃うということになるので、将来、赤字でなくなることを期待していますよ。国田先生、頑張って下さいね」
国田は学校の赤字を指摘されると、新設校だから当然だという思いがあり反感を持ったが、今は口には出さず、首を少し上下にして相槌を打って、
「先生、講義の件でお願いがあるのですが……。それは学校長には以前の医学概論のような、今では現代医療論という科目になっておりますが、十五時間ほどお願いしたいのです」
「私にその科目を講義しろとのことですか」
「そうです。対象学生は一年生ですが、今までは村山学校長がされていました」
「村山先生がされていたのですか。それなら私もできるでしょうね。教科書はありますか?」
「教科書はありますし、参考書もありますので、後程、ご用意します」
「ありがとう」
原上医師会長は、この一年間、国田のペースで学校運営が強引に進められていたことなど知る由もなかった。学校運営はうまくいっていると村山から聴いていたので、国田に任せていれば良いと考えている。原上は村山のような親分肌ではなくお人好しのタイプである。
このようなことから、国田はこの先生はうるさくはないと直感し、手玉に取ることができるかもしれないと思った。国田はこの学校に赴任してきた頃から、医師会立の学校を自由に裏で操りたいと狡猾な企みを画策しているのであった。
「原上先生、四月からは第四期生が入学して学生は約百六十人になりますのよ。若い女子学生ばかりで、私たちも若返ります」
「ワッハッハ、そうだね」
国田は再び笑みを浮かべ、学校の将来を国田なりに楽しみにしていた。