薄らいでいく意識の中で彼が見た最後の景色は、暖房で少し曇ったガラス窓ごしに見える遠くの山並みであったのだろうか。それともベッドの傍らの花瓶に妻が生けた花だったのだろうか。私の胸にふとそのような思いがよぎった。

ここに展開されている光景は病棟では日常的なものであり、男は最期の時を迎えようとしていた。静かな部屋だった。

先生、良くなりますか?

私が対峙(たいじ)しているベッドには痩せ細った48歳の男が横たわり、時々顎をしゃくりあげている。下顎呼吸はだんだん不規則になり、その間隔は開きつつあった。

毛布からはみだしている少し曲がった足には、妻が「寒いだろう」と言ってはかせた紺色の靴下が少し脱げかかっている。

心電図モニターに緑色の線で描き出される波形は、彼の心臓がほとんど忘れた頃に電気的に機能していることを、そしてそれは脳が活動を停止しかけていることを示していた。

心配そうに覗きこむ家族に「今は二酸化炭素が溜まってボーッとした状態ですから苦しくはないと思います。聴力は残っていて皆さんの声は遠くで聞こえる感じだと思いますよ」と声をかける。

半年前に彼は肺癌の手術を受けたが、術後3カ月目の検診で骨や左肺に転移が見つかり再入院、抗癌剤治療が開始された。しかし肺癌細胞は最新の抗癌剤をものともせず発育を続け、彼の体を征服し、そこに宿った自分自身も今まさに滅びようとしていた。

1カ月前から彼は経口(けいこう)摂取が困難となり、高カロリー輸液のパックが右内(けい)静脈(じょうみゃく)につながっていた。彼の気力は日々衰えていた。

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