弐
午前九時、一部上場の有名電機メーカーである(株)SSEの社長室に、英介はいる。そして、てきぱきと指示を出している。秘書が今日の予定と言って、何時からは経同連の頭光さん、何時からは自主党の菅部総裁、とスケジュールの中身を告げている。社長室の壁には、先代の社長であり、英介の父親である正介の写真が、そして、その左には先々代の写真が飾られている。つまり、英介はこの会社の三代目の社長ということになる。秘書が英介に告げる。
「社長、週刊文新から、取材の申し込みがあります。有名企業の若手社長のお話を伺いたいということですが」
「いいよ、時間があれば。ただし、写真はNGにしてくれ」
「社長のルックスも評判のようで、是非、写真をとの要請があるようですが」
「一体、どこで聞いてきたのか。駄目だ、駄目だ、顔を出すわけにはいかない」などと言いながらも、親指と人差し指で作ったV字を顎の下に当てて、ポーズをとり、まんざらでもない様子である。それを横目で流しながら、秘書は、「テレビ局からもきています。ガッツリスンデーという番組で、成長企業の紹介をしたいということですが」
「それなら、知ってる。でも、私が顔を出す必要はないだろう。広報部長に任せればいい」
「ここも、社長のお顔を映したいということなのですが」
「テレビに顔を出すなんて、駄目だ、絶対、駄目」
(そんなことをしたら、子供や学校に素性がばれてしまうじゃないか)。
秘書は、「社長って、シャイなんですね」と言い、その反応をうかがっている。
「そういうわけじゃあ、ないんだが」
「何か、お顔を出せないわけでもあるんでしょうか」
「余計なことを考えなくていい」
秘書は、心の中で、(きっと、たくさんの女性を泣かせてきたのね。顔が出ると、いろんな女性からクレームが来るとか。それとも、ひょっとして、昔、本当に何か悪いことでもしたのかしら。顔でばれると困るようなことをしたとか。そういえば、何となく見たことがあるような……)
「君は、何か、私が悪いことをしたと思ってるんじゃないだろうね。私は、ただ、ちゃらちゃらした人間に思われるのが嫌いなんだよ」
「すみません」
秘書は、ダジャレばっかり言って、結構ちゃらちゃらしてるくせに、と思いながらも、一応謝った。英介は、「思ってることが、見え見えなんだよ」と聞こえないようにぼそりとつぶやいた。