倉沢綾子のお姉さんに言われるまま、俺は中に入った。そして靴を脱ぎ、出されたスリッパを履いて、廊下を歩くお姉さんに付いて行った。俺が案内されたのは居間だった。脚の短いテーブルの前に座布団が敷いてあり、倉沢綾子のお姉さんに座るように促された。俺がしゃがんで、座布団に座っている間にお姉さんは、麦茶の入ったグラスを盆に載せて持って来た。そして彼女がグラスをテーブルに置いたとき、盆に葉書くらいの大きさの、封筒が載っていることに俺は気付いた。倉沢綾子のお姉さんは、その封筒を俺に差し出した。
「これは?」
「開けて下さい」
俺は糊付けされていない封筒を受け取り、中から便箋を取り出した。その間にお姉さんは、俺のはす向かいに座った。
出院おめでとうって言っていいのかな。本当は会って直接言いたいことが沢山あったけど、それは結局叶わない夢になってしまいました。私は決して、島君の境遇に同情していた訳ではありません。初恋のときのように切ないものではなかったけれど、あなたに対する思いは間違いなく恋でした。せめて会ってお別れを言いたかった。そのことがとても心残りです。
みみずが這っているような文字で、最初から最後まで書き綴ってあった。
「あの、綾子さんは?」
俺は訳が分からなかった。
「一緒に来てくれる?」
倉沢綾子のお姉さんは立ち上がった。俺は、彼女に付いて行った。お姉さんと俺は、襖で仕切られた隣の部屋に入った。そこにあったのは小さな仏壇と、その隣の小さなテーブルの上に置かれた、倉沢綾子の大きな写真だった! 濃い茶色の額縁に入れられた白黒写真。その意味を瞬時に理解した俺は、その場で泣き崩れた。
「去年の九月に入院したのよ、白血病で。入院中、拒絶反応で随分苦しんでね。それでも、あなたのことを心配してた」
お姉さんは、仏壇の観音開きの扉を開けた。
「御線香を上げてあげて」