【前回の記事を読む】バイクで走る理由は?「そこに魅力的な道があるからだ」と回答
ツーリング~岡山あたり~
岡山の山中をバイクで走っていた。どこまでもよく晴れた夏の昼下がり、対向車もほとんどなく、ツーリングのロケーションとしては、かなりいい感じである。つい鼻歌の出そうなほどに。
ところが、幾つ目かのトンネルを抜け、川沿いの広い谷の道を走りながら、なんだか不思議な、どちらかと言えば嫌な感じに襲われた。なんだろう、なんだろうと考えていて思い当たった。
人が歩いていない。点々と古い家屋はある。しかし人の気配がまったくないのだ。
まるで夢の中のように現実味のない乾いた世界である。
しばらく走ると、夏草の生い茂る道沿いに一つの看板があった。
「ダム建設反対!」
その横にもう一つ「この看板は違法です。すぐに撤去しないと罰せられます」
なんという冷たい反論。体温のない論争。
見上げると両側の山肌の随分高いところに、まるで定規で引いたように削り取られた横線がはるかかなたまで真っ直ぐに続いていた。
その瞬間、言い知れぬ恐怖と圧迫感を感じた。ここは、このどこまでも続く広い谷は、まもなく水の底になるのだ。
そしてこの風景は二度と見ることはできなくなってしまうのだ……。
その時の感じをうまく表現する言葉は見つからない。夢の不思議さや怖さを目覚めてからうまく表現できないのと同じように。
もちろんダムの建設に部外者が感傷で口を挟むことはできない。賛成側にも反対側にもそれぞれに譲れない理由や事情があるのだろう。
ただ、ダムができるってことは、すごくすごく広い場所が水没するってことであるということ。
この果てしなく思えるほどに広い空間が、のびやかな風景が、人の世界から完璧に削除されるということだ。それが一瞬に実感としてわかったのだった。
夏日照り草茂る道今はまだ