上賀茂神社の三流さん
学生の頃、上賀茂神社の明るい森で不思議な老人に出会った。参拝を終え、バイクにまたがろうとした時、その老人は一直線にこちらへやってきて、目の前で唐突に喋りだした。
「わしはな、ミツルという。三本の流れと書いて三流(みつる)じゃ。どうだ、珍しいじゃろ」
突然現れて珍しいも何もないもんだ。返事できずにいると、彼は構わずに続けた。
「わしはな、これまでずーっと水で走る車を作ろうと考えてきた。水ならタダだし排気ガスも出んしな。夢の車じゃあ。しかし、年だからもうこれ以上は続けられん。見たところ君は若い。是非研究して水で走る車を実現してくれ。頼むぞ」
それだけ言うと彼は森の奥へすたすたと去っていった。老人とは思えないスピードだった。
なるほど水ならタダだし、排気ガスも出ない。その代わりに酸素と水素が出る。走れば走るほど街がキレイになる車というわけだ。水素はウサギさん風船にして子どもに配ろう。水素排出口にセットされたウサギさん風船が、走る間にふわりふわりと膨らんでいく。車を止めて、集まってきた子どもたちに配る。ワーッと歓声が広がる。海辺では海水を使おう。燃料タンクにつながる小型自動蒸留装置で水と塩を分離する。
そして、しばらく走ると酸素が出て、ウサギさん風船が膨らみ、袋詰の食塩がコトリと出てくる。買い物帰りの子ども連れの奥さんたちにあげよう。街がキレイになり、奥さんと子どもたちに笑顔が広がる。まさに夢の車じゃないか。
ひょっとすると、あの老人は神だったのかもしれない。今考えると、どんな服装をしていたか、どこから現れてどこへ去ったのか、どうしても思い出せない。参拝客もそこそこいたはずだが、その瞬間はしんとして人の気配がなかった。
その後、月日は流れて中学生に授業をする立場になったので、卒業前には必ず彼らに喋るのだ。
「君たちは若い。是非研究して水で走る車を実現してくれ。頼むぞ」