(四)結婚観

「貴方の手紙を読みながらぼろぼろ泣けてきてしまい、終いには声をあげて泣いていました。貴方の心があまりにも勿体なくてありがたくて、そして別れがあるからだと思います。貴方への気持は、愛だけでなく尊敬、何によっても崩れ去らぬ永遠のもので、胸の痛みをどうしようもなく押さえられないものである。私のような者を好きと言ってくれてありがたくて表現の仕方がわかりません。

昨日、貴方が好きだといわれていた『交響詩モルダウ』のレコードを買ってきました。魂が震えるような感動を覚えました。小さな流れがだんだんに大きくなっていって広いゆったりとした大河の流れを想像させるすばらしい曲ですね。

私はこれがとても好きになり何度も何度もかけて聴きました。これを好きだと想うのは貴方が推めてくれたからなのかと自問してみました。ですがくり返し聴いているうちに私の胸のうちから出てくる感覚としてこれを好きなんだという事がわかり、私は本当にうれしくなりました。私の心の琴線と貴方の琴線とのふれあいの連続とも思え、この曲が大切な宝のように思えました」

(41年12月 緒田啓子)

「貴女の言う琴線に触れるというのはよくわかりますが、これは人間のある一面だと思います。僕がいつも言うように人間は多面体であり、泥まみれにもなり得るのが恋愛では当り前と思います。泣いたっていいし腹を立ててもいいし、言いたい事を言ってもいいと思うのです。泥だらけ、すなわち相手に自分を投げ出してもいいと言ったのです。貴女のいう琴線はなくてはならないものですが。

相手が自分を好き、自分も相手を好きなのになおかつ片想い的状態に留まる事は自分には理解出来ません。貴女は出会いの時間的差の事をまだ気にしていますね。それにこだわる貴女が僕はとても嫌です。僕にとってそんな事は全然問題にならないのです。貴女と知り合えたという事だけが重要で全てなのです。

貴女が『過去』の事を自分の信念と違った行動をしてしまったとして、それが許せなくて『現在』までも否定しているのではと思う事があります。ごめん。それは言いすぎだね。本当は貴女の事はよくわかっているのです。現在を大切にするという事は、僕が緒田さんに教わった事でもあるのです。過去における貴女の苦しみ、僕の馬鹿げた行動、それらを考える時、僕には何も言えない位です。

貴女の純粋な僕への好意というものは十分すぎる位感じ感謝しています。僕の緒田さんへの気持は、一生変わらないであろうと確信しています。

試験中でなくもっともっと前に貴女を知れば良かったと思います。勉強の邪魔になったら悪いのでなかなか思うように会えません。残念です。

僕は緒田さんとの結婚という事を真剣に考えているのです。どの角度から見ても、未来の全ての可能性を否定しても、否定する事がないのです。一生共に生きていきたいという気持なのです」

(41年12月 沖田陽一)