ここ雲雀ノ原市は、福島県南部に位置する東北の小さな田舎町。それでも、人口約七万を数える、この地域の中心都市である。わたしが訪ねたのは、思い描いていた孤高の老人の家とはまるで違う、ごく普通の民家だった。かなり古ぼけた一戸建ての家である。
そんなに広くない敷地の真ん中に、木造平屋の家がちんまりと建っていた。門がなく、生け垣で囲われているわけでもない。開けっぴろげ、とでも言うのかな。忍び込もうと思えば、誰でも簡単に敷地内へ入り込める。まるで無防備のままだわ。建物を正面から見ると、左の方向へグググっと、傾きかけていた。かなり危なっかしい。壁のあちらこちらにひびが入り、屋根瓦も何枚か欠けている。さぞかし、雨漏りがひどいのだろうね。
ざっと見たところ、築五十年は過ぎている。建物がギシギシいって、悲鳴を上げているように思える。玄関の脇に花壇があった。確か、ここにタンポポの花が咲いていたはずだわ。真夏の今は、雑草がぼうぼう生えているけれども、わたしが事前に見た映像には、タンポポが何本か、そよ風に揺れる光景が映っていた。
ギャラリーの同僚でカメラマンのクン櫛谷拓馬クンが、インターネットで検索した動画サイトの映像を見せてくれたものだ。恐らく、伝説の仙人のファンが撮影したものだろう。ガラケーで撮ったものらしく、あまり画像は鮮明でない。タンポポと戯れるように、老人が花壇に寝そべっていた。裸のまんまで。
長々と伸ばした髪を黄色のバンダナでまとめ、黒のサングラスを掛けていた。サングラスのせいで表情はよく見えなかったが、口髭をたくわえた薄い唇をやや開き気味にして微笑しており、いかにもリラックスしている様子だ。右腕を枕にして横になっている姿は、どことなくお釈迦さまの涅槃図を彷彿とさせた。
違っているのは、仙人が一糸まとわぬ格好だったということ。かろうじて、そよそよと吹く優しい風に揺れたタンポポが、下腹部を隠していた。映像には、そんな長のど閑かな風景が映し出されていた―。