「真弓」
商品を積み終えたトラックが次々と出荷ドックを出て行く。いつもの朝の風景だ。今朝は一段と寒い。排ガスがやわらかい朝日の中で湯気のように漂う。真弓は二階の事務室でコーヒーサーバーに手を伸ばしながら、ぼおっとその光景を見ていた。
「年末かぁ。今年はどうしようかな……」
佐々木真弓三十五才。この物流センターに勤務して十年になる。二十五才のとき、年末年始など関係のないこの職場を転職先に決めたのは、彼にふられたからだった。忙しければ気が紛れていいかもしれないと思ったのだが、本当に傷を癒やしてくれたのは忙しさではなく時間だった。
それから十年、恋愛から遠ざかり両親からの「結婚しないのか?」攻撃も下火となった今、休暇に帰省するのも面倒になってしまった。去年は仕事終わりにコンビニのカップ蕎麦で一人年越しをした。
翌日は職場で紅白まんじゅうが配られた。多くのひとが仕事始めを迎える頃からが真弓の休暇だ。独身はしかたないのかもしれない。
「佐々木さん!」
背中をポンとたたかれてハッとした。後輩の愛結香だった。
「意識とんでましたよ? 大丈夫ですか?」
「ああ、うん。ごめんね」
「私にもコーヒーくださーい」
屈託のない愛結香の笑顔が和ませる。と、この瞬間までは本当にいつもと変わらない朝だった。
「佐々木さん! 愛結香ちゃん! ちょっと手伝って!」
事務室のドアが開くと同時に青木主任の声が飛び込んできた。
「ドライバーさんがカゴ車倒しちゃって豆腐とこんにゃくが散乱してんの! 人手が足りないから事務所から人だせって! 年末だからしかたないけどさー」
「……そうきましたか」
真弓は青木主任と愛結香と三人でドックまで降りていって絶句した。
「え? こんなに?」
この物流センターは、契約している大手小売店の主に食品を扱っている。商品はカゴ車に各店舗の商品ごとに分けられて積み込まれ、トラックにのせられる。カゴ車を倒したといっても一つか二つくらいだろうと思っていたのだが、最低五つはやったなと思われる量だ。愛結香の顔が固まっている。そりゃそうだ。よりによって和日配品だ。水物だ。代替え品は間に合うのか? そしてこの散乱した物を早くよけないと、ほかのトラックの積み込み作業にも迷惑だ。いったいどこのバカだ。どうしたらこうなるんだ。嫌みの一つも言ってやりたい。
ぶつけどころのないモヤモヤした感情を持て余していると、青木主任が台車に二十個ほどのオリコンをのせてソロソロと押してきた。真弓は慣れた手つきで厚さ十センチほどのオリコンをパタパタと開いて箱にした。次々と出来上がる、買い物カゴより一回り大きな箱を、愛結香が三段ずつ積み上げて並べた。
「……やりますか!」
真弓たち三人は黙々と豆腐とこんにゃくを拾い集めた。中には包装が破れてしまったものもある。厄介だ。