三 駆け引き

粉雪が舞うある日のこと。彼女から電話が入った。

「翔ちゃんはOKなんだけど、両親が……。特にお父さんがねえ」

「そっか」

「やっぱり直接話してみないと、とも言ってた」

「じゃあ、直接話しに行こうか?」

「ごめんね。そうしてもらえると私も助かるわ」

「じゃあ週末にでも」

「分かった」

と言い、電話を切った。土曜日。昔買ったスーツに身を包み、彼女の下へと向かった。着いて間もなく彼女の車に乗り、ご両親のいる実家に着いた。

「お父さん、お母さん。来たよ。上がるね」

緊張した面持ちでリビングに通され、お父さんと向き合った。

「君がうちの娘と付き合っている男かね」

「はい。いつもお世話になっております」

「娘からある程度は聞いている。孫のことも随分と可愛がってくれているそうじゃないか」

「いえ、こちらこそ。先日は家にも遊びに来てくれまして」

「そうか。でも、田舎なんだろ?何かと不便じゃないか?」

「確かにそうですね。インフラも整備が不十分ですし、第一、役場が近くにないのはデメリットかと」

「普通のサラリーマンだったら収入がある程度安定しているが、農家と言われると食べていけるかどうか。そこが心配なんだよ。そう易々と娘のこと、孫のことをよろしく頼むとは」

「そこは私も重要だと思ってます。でも、少しずつお父さまからご理解を得られるよう頑張りますので」

「分かった。そんなに鼻息荒くせんでもいいぞ。でも、娘がなぜ君に好意を抱いているのかが分かったような気がする。私の期待を裏切らんでくれよ」

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」

台所から聞き耳を立てていた彼女が出て来て、

「一歩前進かな? お父さんありがとう」

と微笑んだ。俺は緊張の糸がやっと切れ、足を崩し、出されたお茶を一気に飲んだ。

「今日はうちで食べていきなさい。母さん、寿司を注文してくれんか」

「分かりました。どうぞごゆっくり」

その晩、俺は緊張しつつも彼女のお父さんと晩酌しながらひとときを過ごした。彼女の家では既に二人の兄弟が親元を離れ、それぞれ家庭を築いているんだとか。だから娘が離れるともなればすごく寂しいのであろう。寂しさが親父さんの背中から伝わってきた。

夕食を食べ終え彼女の実家から出る際に、

「娘のこと、孫のこと。よろしく頼んだよ」

と、親父さんが言ってくれた。

「はい! 分かりました」

と俺は大きな声で答えた。彼女のアパートに着き、お風呂に入り、今日もベッドを借りた。翌朝彼女が午後からの出勤だったので、ゆっくりと朝食を食べていた。

「お父さん納得してくれるかなあ?」

「今から心配してたら先に進まないよ。少しずつ歩み寄ろう。俺たちもね」

「分かった。私にできることがあればなんでも言ってね。高校の時の友達にも相談するし」

「分かった」

「ホントにありがと。これからもよろしくね」

「いえ。ご飯美味しかったよ。ご馳走さま。じゃあ家に帰るから」

「送ってくわ」

彼女の車に乗り駅へ向かった。彼女は改札口を抜け、プラットホームまで見送りに来てくれた。

「じゃあ、また今度ね」

駅員が笛を鳴らし、「プシュー」っと電車の扉が閉まる瞬間、俺は大声で叫んだ。

「君のこと。絶対に幸せにするから!」と。

彼女は気づいたかどうか分からないが、いつもどおり笑顔を綻ばせながら手を振ってくれた。

俺は恥ずかしさも顧みず座席に座り、家に帰るまでの間、一人作戦会議を練っていた。いかにして彼女の親父さんの信頼を勝ち取れるか……。