再会

考えたくない。語りたくもない。今は喧騒な大都会に佇むのではなく、大きくつぼみが開いた桜の木の下でひっそりと過ごしていた。その桜が見える場所から五分ほど歩いたところに平屋建ての古民家があり、そこに三十代後半になる、やや上背のある男が一人で住んでいた。

発端は三年前。俺は小さな自動車整備工場で整備員兼事務員として三百五十万の年収で、上司と部下に挟まれながら主任として働いていた。しかし、会社の経営が危うくなり、機を見て俺は会社に辞職願を出した。絶妙なタイミングだったと今となっては思う。

そして、都会から村へと移り住み、孤軍奮闘しながら野菜を育てている。野菜の種類は六種類。この野菜の育て方が今の俺にとって一番の厄介ごとだ。日本の四季はとても寒暖差が激しく、毎日の手間隙が野菜づくりの生死を分けるといっても過言ではない。

それに加え地球温暖化による異常気象も相まって、大量の虫や外来種が発生するため、その駆除にも追われる。当然野菜の種類が違うと育てる時期も異なることから、俺は寝る間を惜しんで汗水垂らし働いていた。車いじりの仕事量とは比べようもないほどに。

しかし、こうした大変な田舎暮らしではあるものの、夜ともなれば虫の静かに鳴く声が心地好く響き、その日の疲れを吹き飛ばしてくれる、そんな環境の中で過ごしていた。

ある日。

「お~い、元気にしてっか~い」と向こうから声が聞こえた。

「まずまず元気でやってます」と返した。

歩いて五分のところに住んでいる、もうすぐで八十歳になる向島正三という隣の家のお爺さんだ。

「どうだい。慣れたか?」

「まだまだです。野菜の育て方が思うようにいかなくて毎日困り果てています」

「まだ農業を始めてから日が浅い割には十分手入れしてるじゃないか。な~に、そのうち慣れるさ。困った時はいつでも相談に乗るから」

「はい。その時はよろしくお願いします」

「ところで、嫁さんは?」

「そんな余裕がないので、落ち着いてから考えようかなあと」

「まあ焦っても仕方ねえから。ゆっくりと考えな」と言い残し、正三さんはその場を立ち去った。