【前回の記事を読む】「易々と娘をよろしく頼むとでも」彼女の父との対面の行方は…
三 駆け引き
一週間が経ち、俺は再び彼女の実家を訪れた。
「今日はどうしたのかね?」
「連絡もせずにお伺いしてすみません。先週家へ帰るまでの間、ずっと考えたんです。どうしたら美貴さんのこと、翔太くんのことを養っていけるかを。あの後、地元の農協にも掛け合ったんです。そうしたら俺のために考えてくれて。『野菜だけでは食べていけないなら、お惣菜を作り、道の駅や地元の直売所に卸してみては?』と言われたんです。だから試してみようかなと」
「君の好きなようにやってみなさい。結果がついてくれば私も考えるから」
「ホントですか? ありがとうございます。それだけを伝えるために伺いました」
「それだけを伝えに? わざわざ田舎から? これからは電話でもいいぞ。本当に君は真面目だなあ。娘と離婚した相手とは全然違う。娘もああ見えて苦労しているのでね。前の旦那というのが、これまたろくでもない男で。酒癖が悪くDVを受けていたんだよ。孫だけには被害が及ばないようにと必死に守ったんだ。自分は心にも体にも大きな傷を負ったのだが、孫は人並みに育ってくれたおかげで、学校に行ってもイジメを受けずに済んだんだよ」
「そうだったんですね。私、美貴さんからそんな苦労話を聞いたことがなかったので」
「君に心配かけずに付き合いたいのだよ。きっと。だから私から聞いたことは内緒だぞ」
「分かりました」
「よろしく頼んだよ。今日も娘のアパートに泊まっていくのかね?」
「はい」
「じゃあ、娘が来るまでの間、将棋の相手をしてもらえるかい?」
「はい。でもビギナーですよ?」
「構わんよ。私も退職をしてからというもの、日中暇を持て余している身でね。母さんに趣味でも見つけたら? と言われ、自分に合った趣味をあれこれ探し、将棋に辿り着いたんだよ。準備するから待っててくれ」
彼女に迎えを頼むメールを送る間、親父さんは席を立ち、押し入れから将棋盤を持ち出し駒を並べ始めた。
「将棋はいいぞ。定跡どおり上手くいくこともあれば、長考して負ける時もある。将棋は正に人生の縮図みたいなもんだ。大げさだったかね?」
「そんなことないです。TVでたまに見てます。奥が深いんだなあって」
パチ、パチと互いに無心に駒を指し、二十分後。
「はい。これで投了」
「参りました。全然歯が立ちませんでした。今度勉強してきます」
「ああ。いいとも。また指そう」
そうこうしているうちに彼女が迎えに来た。