アパートに着いて早々、彼女が急いで夕食を作っている間、俺は翔太くんのTVゲームに付き合いながら夕食が出来上がるのを待っていた。テーブルに料理が並ばれたのでゲーム器を片付け、「いただきま~す」と三人で声を大にして彼女が作った夕食を味わった。
「今日は変わったことあったの? 忙しかった?」
「忙しかったよお。ほぼ立ちっぱなし。もう疲れた」
「じゃあ、ご飯食べ終わったらマッサージしてあげるよ」
「ホント? ありがと」
「君こそお父さんとどんな話をしたの?」
「将棋を指しながらいろいろとね」
「将棋? ふ~ん。お父さんが将棋を指すなんて珍しい。後でゆっくり聞かせて」
「分かった」
ご飯を食べ終え、TVを見てからお風呂に入った後、彼女の体をマッサージした。
「うちのお父さん堅物でしょ?たまにそういうところあるんだよねえ」
「でも、将棋の相手が増えたから喜んでいたと思うよ。それに、俄然俺も火がついたというか、本気で親父さんのこと、君のことも口説き落とそうと、ますます決心がついたよ。君の苦労話も聞けたしね。普段そんな表情見せないから。君って強いなあと思って。お父さんにもっと俺のことを知ってもらえるよう頑張るから」
「どこまで聞いたの?」
「男と男の内緒」
「ふ~ん。男と男のねえ。あ~。だいぶ体がほぐれたよ。マッサージありがと」
「どういたしまして。そろそろ寝よう」
そう言ってベッドに入り灯りを消した。一時間ほど過ぎてからか、彼女がソファーから立ち上がり俺が眠るベッドに来た。
「寒くて眠れそうにないの。ベッドに入れてもらっていいかなあ?」
「いいよ。いつも借りてる身だし」
「ごめんね。私、端っこに寝るから」
「分かった」
(……)
「寝てるだけなのに胸がドキドキする。でも、君といるとなんか落ち着く」
「俺も。思春期にタイムスリップしたかのようだよ」
「でも、明日も早いから寝なきゃ。いろいろと聞きたいことはあるけど……」
「いろいろって?」
「秘密。さ、寝ましょう」
「気になって眠れない」
「じゃあ、気にならないよう魔法をかけてあげるね」
と、彼女が俺を振り向かせ顔を近付けた瞬間、彼女の唇がそっと優しく俺の唇に触れた。
「これで寝られる?」
俺は頭の中が真っ白になり、却って眠れなくなった。彼女はそんな俺の反応を見て、いつものように笑顔を綻ばせつつ、照れくさそうな表情を浮かべていた。想像を張り巡らせたまま急接近する二人の距離を必死で保とうと、脈打つのを抑えつつ眠ろうとしたが、とても落ち着きを取り戻せなかった。そして、俺は囁いた。
「一人暮らしも不自由しないけど、家族になれば楽しい時でも辛い時でも乗り越えていけるのかなあって。だから、俺と一緒に暮らしてくれないか?」
「プロポーズ? このタイミングで? もう君ってば。でも、私の魔法もイタズラしたから、私にも責任があるから許す。OKだよ。一緒に暮らそ」
「ありがとう。後はお父さんとの勝負だな」
「頑張ってね。さ、早く寝よ」
頬に手を当て、もう一度キスを交わし眠りに就いた。
翌朝朝食を食べ、駅まで送ってもらい、電車と新幹線を乗り継ぎ田舎に戻った。昼食後、野菜とにらめっこし夕暮れ時までには畑仕事を終わらせ、夕食を食べお風呂に入り布団へと潜り込んだ。一週間後。再び上京し、彼女の実家を訪れ親父さんと将棋を指した。当然のことながら惨敗。
「まだまだだな。私に勝つまでには相当時間がかかるな。簡単には勝たせんぞ。う~ん……そうだなあ。私に勝ったらなんでもお望みのことを叶えてあげてもいいぞ」
「お父さまおっしゃいましたね? では、私が勝ったら娘さんとの結婚を認めてください。お願いします」
「それとこれとは別だ。でも、考えてあげてもいいぞ」
「分かりました。今日はありがとうございました。また日を改めさせてください」
と言い残し、今日は彼女のアパートへ寄らず自宅へ戻った。