閉まっているドアから出入りする方法

 

榎本さん夫婦は格子戸が好みだ。

一枡が碁盤の目のような正方形に近い形がとくに好きで、自宅を建て替えた時、住まいの各所に取り入れた。玄関ドアは厚いガラスの格子戸、リビングの入口のドア、リビングとキッチンの境の引き戸もガラスの格子戸である。この枡目の格子戸が猫の出入りに極めて好都合なんだ。

どうしてか分かる? 人間は寒いとドアや窓を閉め、暑いと開ける。けれど空調もよく使っているから、窓やドアが閉まっていることは、年間を通して意外と多いんだ。ドアや窓が閉まっていると、猫は出入りができない。勿論、ドアや引き戸が軽い場合や、隙間が少しでもあれば、自力で押し開けることはできるけれどもね。

ドアが閉まっている時でも、猫が自由に出入りできる方法はないかと考えていた榎本さんは、ある時、妙案を思いついた。ガラスの格子戸の一番下の一枡だけガラスを外して、カラの枡にするものだが、猫も飼い主もこの恩恵をどれほど受けていることか。一枡だけだから、そこを通して冷気や暑い空気が出入りしても、さして支障はないしな。

榎本さんは、俺をリビングのドアのカラの枡の前に連れて行き、

「これからは、ここから出入りするんだよ」

と言って、俺を廊下へ押し出した。キッチンとリビングの境の引き戸も

「ここも同じだよ」

と教えてくれた。

他にも猫専用の出入口があるよ。リビングとサンルームの境の障子は、一番下の一枡は障子紙を切り取っている。庭への出入口は、サンルームの壁を小さく切り取って作っている。

全部で4か所あるが、頭のいい俺は一度訓練を受けただけで、全部覚えてしまったよ。これで、ドアや戸が閉まっていても、いつでも出入り自由だ。

これまでは早朝、

「早く起きて外に出してよ」

と榎本さんを起こしに行き、寝室のドアを前足でガリガリかいていた。

そのせいでドアのクロスがボロボロになっている。もう榎本さんを起こしに行く必要もない。本当に便利だ。ありがたいよ。榎本さんもゆっくり眠れて、助かっていると思うよ。

前置きが長くなったが、この猫専用の出入口が騒動になったことがあるんだ。榎本さんちによく来る人は、ガラスの格子戸のカラの一枡のことは知っている。

しかし、来たことがない人は、分からないよな。ガラスだと、そこにガラスが「ない」ことに気づきにくいんだ。ガラスは透明だから、あるなしの見分けが難しい。空を飛ぶ鳥も窓ガラスによくぶつかるらしい。ガラスにぶつかって大怪我をした人間もいるんだよ。笑うに笑えない話だよな。猫専用出入口も「ここだけ、ガラスがないんだ」と教えてもらって知るしかないんだ。

ある時、榎本さんの奥さんの友人が来た。俺はいても仕方ないと思って、ガラスのドアのカラの枡の猫専用出入口から廊下に出ようとしていた。そこをたまたま、その人がキャッチしたんだ。

突然、「キャー」と叫んで怯えた声で「ドアが閉まっているのに、猫がすり抜けて出て行った」「あの猫、怖い」と言って凄い驚き方なんだ。俺は「気がつくかな。うふふ」とほくそ笑み楽しんでいたのに、これほど怯え驚かれるとは、こっちも驚いてしまったよ。

でも、そうだよな。こっちは慣れっこになっているけれど、何も知らない人はやはり、驚くよな。

榎本さんの奥さんが

「そこだけガラスを外しているのよ」

と説明したら、その人はようやく冷静になって、

「凄くいい思いつきだわ」と大いに感心していたよ。